cordial
普段なら誰もいないはずの屋上。
しかし今日は白い鳥が舞い降りていた。
それだけなのに特別に感じてしまうほどに……。
ふと、小さな歌声が聞こえたきがした。
透き通るような響きを持つ歌声を不思議に思いながら階段を登ってみると、怪盗キッドがフェンスの上に座って空を眺めている。
「キッド・・・・?」
…綺麗な音が響き渡る。
全てを吸い込むような、圧倒されるような、伸びやかな歌声……。
小さいけれどはっきりと聞こえるメロディー。
祈るように。
どこか切ないその響きに思わず息を呑んだ。
「どうした?名探偵」
不意に歌が止まるといつもの不敵な笑みを浮かべて怪盗がこちらをふり返った。
「別に…」
「ふぅん…」
何がおかしいのかクスクス笑いながら手にした宝石を空に掲げた。
「はずれか?」
「まぁね」
コイツはこうして手に入れた宝石を必ず月に掲げる。まるで何かの儀式のように。
ため息をついてはまた持ち主に返すのだが…。
コイツが何のためにそんな事をしているのか俺は知らない。
気が向けば予告状から逃走経路を予測してこうして来るのだ。
知ろうとしてもコイツの足手まといになるだけ。
だったら始めから何も関わらなければいい。
ただ俺はコイツが全てを終わらせるのを見ているだけで…。
「また返しておいてくれるか?」
「仕方ねぇな」
宝石を投げて寄越してきた。
吸い込まれるように手に落ちてきた宝石は月の光を浴びてキラキラと輝いている。
それを一瞥してすぐに目を逸らした。
「……今の歌……」
怪盗が急に話始めた。
「え?」
「今俺が歌ってた歌な、小さい頃よく聴かされたんだ」
「へぇ……」
歩いてフェンスの上に座るキッドの隣に立つ。
ちらっとキッドの顔を見ると何も考えてないような静かな顔をしていた。
でも、どこか遠くを見ているような気がしてなんとなく寂しい…気がした。
「俺は今の歌…好きだけどな」
「そう?」
「なんでかわかんねぇけどな」
「そっか・・・じゃ、また歌ってやろうか?」
「好きにしろ」
軽く息を吸うとまた歌を紡ぎ出した。
綺麗で悲しい歌。
祈るような、切ない響き……。
「お前は何を願う……?」
特に問うわけでもなく思ったことをそのまま音に出してみる。
また歌が止まった…。
止めたかったわけではないのに……。
「俺は…ただ一つの宝石を手に入れたいね」
どれだけ手を伸ばしても届かないけど。
必ず手に入れる。
それこそどんな手を使ってでも……な。
静かに言うキッドが遠くを眺めているから…俺は何も言えなかった。
それがコイツの探しているものなのだ。
俺はそれが手に入るのを見守るしかできない。
……それでいい。
コイツに俺が必要でなくても、俺はこうして近くにいられる。
それだけでいい。
俺はお前の願いが叶うことを願うよ…。
それがどれだけつらい事でも……。
何もできない俺が唯一出来る事ならば尚更。
ゆっくりとまたキッドは歌いだした。
そっと目を閉じてまたキッドの歌に聴き入る。
日常とかそんな物とは切り離されたような感じがして、何故か懐かしいような気がするのだ。
こんな穏やかな時間がいつまでも続くといい。
そんな事あるはずのないのに……。
もう少ししたら警部達が来るだろう。
そうしたら終わり。
遠くから聞こえていたパトカーの喧騒が少しずつ大きくなってきた。
「…やっと、来たな」
「もう行くのか?」
「そうだな……」
ふっと笑う気配がしてキッドの方を振り向くと穏やかな笑みを浮かべている。
何故キッドがそんな顔をするのか分からなくて戸惑っていると周りが白で覆われた。
「え……?」
「なぁ、名探偵……自分がどんな顔してるか知ってるか?」
「なっ…」
「自覚ないならそれでもいいけどね、このまま攫ってくよ?」
「おま……さっきから何言ってんだよ」
「名探偵がそんな顔してるのが悪い」
「はぁ?」
「だから、しっかり掴まってろよ!」
「ちょっ、キッド!」
訳の分からない言葉といつもの不敵な笑みとは違う優しい微笑みを浮かべるキッド。
力強く抱きしめられるとほぼ同時に体がふわりと浮く。
気付いたらキッドの体にしがみついていた。
「……どこに行くんだよ?」
混乱しそうな頭をどうにか押さえつけなるべく冷静な声で聞いてみた。
「ん?そうだな……名探偵の家と俺の隠れ家どっちがいい?」
「はぁ……俺は一応探偵なんだからお前の隠れ家なんて行けねぇだろ」
「そうか?俺は別にいいけど、まぁ名探偵がそう言うんなら遠慮なく」
進路を変更すると俺の家に向ってまっすぐ飛んだ。
下ではパトカーの音がしないわけではないが気にはならない。周りにヘリはいないから俺が一緒にいる事には気付かないだろう。
バレたらかなりヤバイのだが…。
ま、いっか。
俺もなんだかんだ言いながらこの状況を楽しんでいるんだから、コイツに感化されているのかもな…。
そっと目と閉じると呆れたようなため息が聞こえた。
「……名探偵…安心しすぎ」
小さく呟かれた声は俺の耳にはっきりと聞こえたけどシカトしておいた。
そっと羽のようにベランダへ降り立った。
鍵は元々かけてない。
偶に気まぐれの様に怪盗が来ることがあるから予告の時は開けておいてあるのだ。
もちろん本人には言わないけど。
窓を開けようと怪盗に背を向けると急に後ろから抱きつかれた。
「え…?」
「もう、無理」
体が固まって動かない。
心臓だけが物凄い勢いで動いているのを感じた。
何も考えられない。
どうしてこんな事になっているのか…。
体が熱い。
「まだ、言わないって決めたのに…」
耳元で呟かれる囁きが熱くてどうしたらいいのか分からない。
「キッド…」
漸く紡ぎ出せた声でも掠れてうまく言えない。
体がくるりと回転させられてキッドの顔が正面にきた。
思わずぎゅっと目を閉じると唇に温かいものが触れた。
「んっ…」
壁に体が押し付けられて身動きがとれない。
薄く開いた唇に生き物のような物が割って入り舌を絡めとられ、丹念に舐めとられ翻弄される。
唾液が頬を伝って流れた。
「ん…っ……」
微かに漏れ出た声に反応するようにもっと深く愛撫を繰り返す。
呼吸も短くなり息が続かなくなってきて漸く離れていった。
「……は、ぁ…」
潤んだ目にキッドを映すと強く抱きしめられた。
「もう、本当に止められなくなるよ?」
耳元で囁かれた熱をもった低い声にびくっと反応するとクスクスと笑う声がした。
「なぁ、名探偵…このまま一緒にいてもいいか?」
少し躊躇うように呟かれる声に顔が赤くなるのを隠した。
「お前が、いいなら…」
「…さんきゅ」
額に軽く口付けた。
部屋に入ると着替えもせずにそのままベットに座り込む。
何も話さずただ互いの温もりだけを感じて手に入らないと思っていた幸せに浸っていた。
……探偵が怪盗に恋をする…。
それだけでもありえないことなのに、それが叶うことなんて考えもしなかった。
自然に昇華されるものだと思っていた。
それは幼馴染に感じていたものと似ていて違う想い。
男同士という事もあるけれどそれ以前の互いの立場を考えると何もいえなかった。
偶然彼の正体を知ってしまった時も幼馴染の少女と歩く姿を見て苦しくて彼の傍に無条件にいられるのに何も知らないでいられる事に嫉妬を感じた事もある。
…ただの醜い感情。
そんな自分が嫌で仕方がなかった。
はじめは気障でムカつくただの泥棒としか見てなかったのに…。
命を狙われたというのに炎の中でついてきてくれた事。
無茶をして熱に犯される自分に薬の力を借りて助けてくれた事。
優しさに触れてムカつく泥棒がお人よしの泥棒に変わり…
……怪盗に恋をした…。
「好きだぜ……新一…」
甘い夢を見て現実に嘆いてまた夢を見る。
でも、現実が変われば…
甘い夢は夢でなくなる…。
甘い甘い夢が現実に…
これは…夢…じゃないよな…?
「俺も…」
「「ずっと、好きだった…これからも…」」
だから、もっと傍にいて?
もっと歌声を聴かせて?
その綺麗な歌声と空気で俺を包んで…?
……俺はずっとお前の傍にいるよ、快斗。
END
**あとがき**
志方あきこさんの音楽を聴きながら一気に書き上げたものです。大好きなんですよ、志方さん。
K←新と見せかけてK新。しっかり両思いでしたねv
繊細な小説を目指しました。達成できた…かな?