懐かしい夢を見た。
楽しくて、悲しくて、切なくて、愛おしい記憶。
『――じゃあ、俺が新しい名前付けてやるよ』
いつでも優しい笑顔を見せてくれた。
『――生まれ変わっても、一緒にいたい…』
大好きだった。離れたくなかった。
『――生まれ変わった俺を…探し出してくれよ?』
それでも、もうあの人はいない。
***
はらりと一枚の桜の花びらが降ってきた。
それをそっと手に乗せ、ぼんやりと見つめた。
「また、人間のところへ行っていたの?」
「どこへ行こうと俺の勝手だろ」
音もなく突然現れた姿に驚くこともなくつまらなさそうに答えた。
「また、同じことを繰り返すつもりかしら?」
長い髪がさらりと揺れる。体を紅で覆った彼女はどこか悲しそうにキッドを見ていた。
「……紅子には関係ない話だ」
完全な拒絶。
傷つかないわけではないけれど、多分これから彼に訪れる傷を思えばまだ小さいものなのかもしれない。
「そ、う。でも、忘れないで。彼はあの人ではないのよ」
それだけ告げると再び音もなく姿を消した。
「……わかってるさ。そんなこと…」
***
夜の帷もおりて、キッドは新一の元を訪れた。しかし、新一は庭を眺めながら寝てしまっている。
「…いち…」
そっと囁くが、新一は薄っすら目を開けるが、そのまま眠りに落ちた。
「…新一」
完全に寝てしまった新一に苦笑すると起こさないように着ていた着物かけ、新一の隣に座り、月を見上げた。
『…月はお前を守ってくれるだろ?』
遠い昔、そう言って笑った人がいた。
忘れたことは一度もない。幾年の月日が経とうとも、色褪せることなくキッドの中に残っていた。
『だから、俺がいなくなってもお前には月があるから大丈夫だ』
『ヤダ。いなくなるなんて言うなよっ』
怒ってギュッと抱きしめてもずっと笑っていた。でも、その笑顔は今にも消えそうなほど儚いものだったから俺は更に力を強くしたのだけれども。
まるで昨日のことのようだ。
それでも、この新一が現れてから胸が苦しくなる程あの人を恋しく思ったことはないかもしれない。
でも…
「俺はもう一度…名前を呼んでもらいたいんだよ…」
――新一…
***
『大好きだよ。新一』
『ずっと一緒にいような』
遠くの方でキッドが楽しげに笑う声が聞こえた。
これは…夢?
「…いち…新一」
揺さぶられる感覚と冷たい風で新一は目を覚ました。いつの間にか庭先で眠っていたらしい。
「ん…きっど…?」
目を擦って目の前に立つ影を見ると苦笑する気配を感じた。
「こんなとこで寝てると風邪ひくぜ?」
「ん…」
優しい彼の声に新一は再び瞼が降りそうになるのを堪えた。
「新一?」
「…夢…見たんだ」
「夢?」
「キッドが…いて…俺の名前呼んでた」
それはとても楽しそうで、嬉しそうなのに…なぜか新一の胸は痛んで、悲しかった。
「なんでだろ…俺も…嬉しいはずなのに…」
「……」
何も言わないキッドを見上げるとどこか悲しそうな目をしていた。
「キッド…?」
どうかしたのか?と聞くとキッドはただ首を横に振るだけだった。
「なんでもないよ、新一」
そう言って強く新一の体を抱きしめた。
「ほら、ちゃんと中入って寝ないと…本当に風邪ひくって」
「うん…」
そう言いつつも新一はキッドの腕から離れようとはせず、そのまま寝息が聞こえてきそうだ。
「仕方ないな」
よいしょっと新一の体を持ち上げて部屋の奥まで連れて行くと、上着をかけて灯を落とした。
「…っど…」
「はいはい。俺はここにいるよ」
髪にそっと触れると新一の寝顔が少しだけ穏やかになったように見えた。
「おやすみ、新一…」
新一の寝顔を眺めながらキッドは小さく溜息を吐いた。
「覚えてる…わけない…よな」
「あまり入れ込みすぎると後悔するわよ」
突然聞こえた声にも驚くことなく、キッドは現われた人影をきつく睨みつけた。
「またお前か、紅子」
「偶々通りかかっただけよ」
「どーだか」
一瞬剣呑な雰囲気が漂うが、新一のことを思い出しすぐに霧散させる。
「光の魔人…でも、その力は随分と小さくなったようね」
ふわっと紅子の顔が優しいものになった。
「あの人と再び相見えたいと思っているのは貴方だけではないのよ。私も、あの人には返し切れない恩があるから…」
「……」
暫く2人は黙って新一の顔を見つめていた。
「……あの人はあの人、ここにいるのは同じ顔をした『新一』よ」
「……」
「それでも、魂は同じなのね…あの人と…」
紅子は悲しそうに視線を落とし、そのまま音もなく姿を消した。
紅子が消えた場所を一瞥するとキッドは月に目を向けた。
「…しんいち……」
続く
***
新一寝てばっかだな。紅子さんも新一さんが好きです。親愛の意味で。