教室の隅っこ。一番後ろの窓側の席。
そこが私の席だった。くじで選ばれたその席は当然、みんなに羨ましがられた。後ろの席というのは何故か人気があるのだ。
そういう私も例外なく、その席になれたことを喜んだ。
そんなある日、私はあることに気づいたのだ。

私たちの学校のすぐ隣には大きな私立図書館がある。その蔵書数はこの辺りでは一番だとか。
高校生の私も静かなその図書館が気に入っていた。
そして、私の席からその図書館は見えるのだ。最近気づいたけれど。
といっても、私が見れるのは3階の端っこの窓だけだ。

その日以来、外を眺める時にその図書館を眺めるのが習慣になっていた。







「この公式を応用して、cos2θ=2sinθcosθになる。そして……」

退屈な授業を聞き流してぼんやりと外を眺めていた。
おそらく、今授業を聴いているのは数人の生徒だけだろう。そもそも私は数学が苦手だから聞いても意味がわからないのだ。
授業終了まで残り10分。と言っても教室の時計はずれているから正確にいうと残り12分だったりする。早く直してくれないかな。
ほとんど話を聞いていないというのに教壇に立つ先生は説明を続けている。少しだけ気の毒に思えてきた。
残り12分くらいなら聞いてみてもいいかもしれない。
そう思って外に向けていた視線を黒板に移した。


…………………………………………………………………。


やっぱり無駄かもしれない。

はっきり言って全くわからない。何を話しているのやら…。そもそも途中から聞いてわかるわけないか…。
ものの数秒。さっさと諦めた。
うーん…残りの時間どうしようかな。

ふと隣に立つ図書館が目に入った。
そういえば、本まだ返してないな…。

「…あれ?」
「どうした?どこか分からないとこでもあるのか?」

思わず声に出していたらしい。
先生がこっちを見ている。

「い、いえ、なんでもないです」

慌てて首を振ってその場を誤魔化した。

納得してくれた先生が再び黒板に向き合うのを確認してからもう一度図書館の方へ視線を向けた。

…誰か…いる…

図書館の3階。確か…洋書とかが沢山あるところだったような…。そこに誰かが窓から顔を出して外を眺めていたのだ。
今まで何度か図書館の方を眺めていたが、誰かの姿を見るのは初めてだったりする。

私の視力は2.0なので結構遠くまで見える。とは言っても、さすがにこの距離だと遠すぎてよく見えない…。
でも、間違いなくいえるのは顔を出しているのは男の人だということだ。
黒い髪が風でサラサラと流れている。どこかで見たことのあるような気がするけど…。

私はずっとその人に見惚れていていつの間にか授業が終わっていることに気づかなかった。

「…ぇ。…ねぇ!」
「へ?あ、ごめん。何?」
「どうしたの?ボーっとして。外に何かあるの?」
「あ、いや…別に…なんでもないよ」

友達が訝しげな顔をするが、私はただ笑って誤魔化すしかなかった。

友達が隣で話している間も私は図書館の男の人を見ていた。

どっかで見たような……どこで見たんだろう?

不意に、男の人がぴくりと動いた気がした。
それとほぼ同時にその人の後ろからもう一人、誰かがきたみたいだ。
あとからきた人も同じく男の人…のように見えた。影になってよく見えなかったけど。

「………え?」

あとから来た男の人が外を見てた男の人を後ろから抱き締めている…ように見えるけど…気のせい…かな?

「どうかした?」
「あ…えっと…」

あそこに…
そう言おうとしたら後から来た方の男の人がこっちを見たような気がした。

驚いて思わず固まってしまう。


クス。

遠くて、よく見えないはずなのに…何故か男の人が笑ったように見えた。


「ねぇ、今日変だよ?」

心配そうな友達の声に私はハッとして、笑って謝った。

「ごめん。なんでもない」

最後にもう一度だけ…
そう思って再び図書館の方を見たけど、そこにはもう誰もいなかった。













****













誰もいない静かな図書館。
ぼんやりと外を眺めていると後ろから誰かが近づいてくるような気配がした。

「新一、こんなところにいたんだ」
「…………」
「探したんだよ?」
「嘘つけ」

どうせすぐに見つけるのに。

「まだ怒ってる?」
「…………」
「新一?」
「…別に…怒ってない」

むっとして言い返すとふわっと笑ったような気配がする。

「ごめんね?」

そう言って後ろからぎゅっと抱きしめてきた。

「……俺も…悪かった」

自然と零れた言葉に思わず安堵した。
快斗が笑っているのが振り返らなくてもわかる。

「ね、早く帰って一緒にご飯食べよ………・ってあれ?」
「どうした?快斗」
「んー…ここからだと隣の学校…見えるんだね」
「は?あぁ、そうだな…」

クスッと小さく快斗が笑った。

「んだよ?」
「いや?可愛い猫さんが俺達を見てたからね」
「はぁ?」
「なんでもないよ。ほら、行こ?」

やたらと機嫌がいい快斗と一緒に家に帰った。

まぁ…こいつが機嫌がいいと俺も嬉しかったり…するんだけど…。

それは絶対に教えてやらないことにする。