「なぁ、どれがいいと思う?」

綺麗な笑顔で快斗を振り返る新一。その顔はとても幸せそうだった。

「そうだな…これ、とか?」
「うーん…やっぱ快斗はセンスいいよなー…」
「そうでもないよ」

ブツブツといいながらかわいらしいアクセサリーの並んだ棚をじっと見つめる。
快斗はその様子を後ろから見ながら煮えたぎる嫉妬を抑えて笑顔を作った。

「蘭ちゃんが喜びそうなものは新一が一番よく知ってるだろ?それに、新一が選んだものなら蘭ちゃんはきっと喜ぶよ」
「そうかな?」

照れたような笑みを浮かべて再び真剣に選ぶ。
気付かれないようにそっと新一から離れた。これ以上近くにいると自分の感情を隠すことができないかも知れない。

……でも、これが新一にとっての幸せなら……

今更足掻いても遅いのだ。

「快斗」

あぁ、新一が呼んでいる…。
初めて名前を呼ばれた時はとても嬉しかった。心臓がドキドキして、自分の名前がとても特別なもののように思えた。
それなのに、今ではあの透きとおった声で名前を呼ばれるのが苦しい。
名前を呼ばれても、新一が見ているのは自分ではないから…。
ねぇ、新一。俺だけの名前を呼んで?俺だけをその瞳に映して?この腕に閉じ込めてしまいたいのに…。

「快斗?」

誰よりも愛おしくて、誰よりも憎い。

「新一」

自分勝手でもなんでもいい。ただ新一の瞳に自分の姿が映ることがないのなら…


――・・・すべて消えてしまえばいいのに…
















「happy or unhappy?」




















「…と……快斗!」

暖かな手がヒタヒタと快斗の額を叩く。

「ん…っ?」
「起きたのか?」
「う…ん…」
「まだ寝ぼけてやがるな。おい、起きろって!」
「へ…?あ、新一…」

白くぼやけていた視界がクリアになると同時に新一の蒼い目が飛び込んできた。

「うわっ!」
「失礼なヤツだな。人が折角魘されてるのを起こしてやったってのに」
「あ、ごめん。ちょっとびっくりしただけ。って、俺魘されてた?」
「なんかブツブツ言ってたぞ?そんなに悪い夢だったのか?」

軽く首を傾げる新一の瞳には快斗しか映っていなくて、同時に夢がフラッシュバックした。

「……うん。嫌な夢だったな」

体を起こしてみるとどうやらソファーの上で寝ていたらしい。どうりで寝心地が悪いわけだ。

「苦しくて、悲しくて、怖くて、自分にイライラして……でも」
「ん?」
「やっぱ新一がいなかったら俺はどうすることもできないんだなって思った」
「どんな夢だよ」

呆れた顔で笑うと立ち上がって大きく腕を伸ばしていた。
ふと見ると机の上には分厚い本が置いてある。ずっとここで読んでいたのだろうか?

「コーヒー飲むか?」
「こんな時間に飲むの寝れなくなるよー」
「さっきまで寝てたヤツに言われたくねぇ」
「それでも新一はただでさえ睡眠不足なんだからーってもしかして寝たくないの?」

ニヤニヤと笑っていってやると一瞬キョトンとした新一だが、すぐに顔を真っ赤にした。

「バ、バーロ!んなわけないだろ!」
「えー?新一だ寝たくないならお手伝いするけど?」
「うるさいバ快斗!お前こそさっさと寝ろ!」

プイっと踵をかえしてキッチンの方てへ行ってしまった。その行動にクスクスと笑いの止まらない快斗は再びソファーに横になって天井を見上げた。

でも、冗談でも嘘でもなく俺は新一がいなかったらきっとどうすることもできない。
苦しくて、怖くて、悲しい。自分の中にあんな感情があったなんて知らなかった。
いや、知らなかったんじゃない。きっと気づいていた。ずっと新一を求めていたのだから。
ただ、新一がいつも俺を見ていてくれたから、新一がいつでも傍にいたから…。
幼馴染の所へ帰るはずだったのに、新一は俺を選んでくれた。そのことに安心していたのかも知れない。

本当に俺といていいのだろうか?

そんな疑問はいつでも頭を過っていた。見て見ぬふりをしていただけで。

ふと廊下から足音が聞こえた。新一が戻ってきたようだ。
慌てて思考を振りきるために頭を振るとぶすっと二つのマグカップを持った新一に笑顔を見せる。
体を起こして新一が座る場所を空けるとコツっと小さな音を立ててマグカップを机に置いた新一がドスッとそこに座った。

「あれ?コーヒーじゃないんだ」
「お前がやめろって言ったんだろ」

目の前に置かれたマグカップには白い液体がホカホカを湯気を立てて入っていた。

「珍しいね。新一がホットミルク入れてくるなんて」
「……たまにはいいだろ」
「…そうだね」

暖かいミルクがホッと癒すようだ。
新一もそう思ったのか、ふぅー…と大きく息を吐いていた。

「ねぇ…新一」
「んー?」
「俺といてよかったの?」
「今更何を…」
「新一は俺といて幸せ?」
「…………当たり前だろ。じゃなきゃ俺がお前といるわけがない。もし、過去に戻れたとしても俺は同じ選択をするぜ?いつだって、俺はお前を選んでいた。いつも俺を助けてくれたのも、迷ってる俺を引っ張っていってくれたのもお前だろ?何くだらないことで悩んでるんだ」

あまりに新一がごく普通に、あたり前のことのように言うから思わず言葉が出なかった。
代わりに快斗と新一のマグカップを机に戻してギュッと新一を抱き締めた。

「うん。そうだね。ありがとう新一」

新一の肩に顔を埋めているとトントンとリズムよく背中を叩かれた。慰めているのだろうか…?

そういえば、小さい頃も何か嫌なことがあってベットで蹲っていると父や母が蹲る快斗の背中をトントンと軽く叩いてくれた。その手が暖かくて、嫌なことも吹き飛んでしまった。
その事を思い出して思わず笑ってしまった。

「快斗?」
「新一。大好き」
「何をいきなり…」

そう言いつつも顔を赤らめているのだろう。そんな顔が見たくて顔をあげると真っ赤な顔をした新一と目が合った。

「なんでお前はそこで顔を上げるんだ」
「だって新一の顔が見たいし」
「見なくていい!」
「いーや」

クスクスと笑って新一の頬に手を滑らせる。そのまま顔を近づけて唇に軽く口付けた。

「そういえばさ」
「なんだよ」

顔は至近距離のまま。離れることのない快斗を睨みつけて新一は眉間にしわを寄せた。
そんな新一をみて苦笑を洩らすとその眉間に指を当ててほぐしてやる。
顔を振って抵抗する新一の頬にもう一度口付けると抵抗しないように唇に指を当てた。

「今日新一の誕生日だろ?」

快斗の言葉が一瞬理解できなかったのか、新一キョトンと呆けた。

「そうだっけ?」

壁に掛けられたカレンダーに目をやると今日はたしか5月3日。

「俺の誕生日は明日だぞ?」
「ついでに時計も見てみなよ」

今度は反対側にある時計に目をやる。針は12時を過ぎて今は12:30。

「あ」
「な?今は5月4日。新一の誕生日だろ?」
「むぅ…」
「なんでそんな不機嫌そうなのさ」
「別に」
「今年も忘れてたとか?」
「……」
「ま、良いけどね」
「わざわざ言ってくるって事はなんかくれるんだろうな?」
「うん」
「何を?」
「俺を」
「いらん」
「酷い!恋人をそんな風に扱うなんて!」
「第一、お前も忘れてただろ」
「忘れるわけないだろ」

大切な恋人の誕生日なのに!と騒ぐ快斗をペシっと叩いて黙らせると新一はいっそ清々しいほどに言った。

「俺は快斗の誕生日のこと忘れるけどな」

自分の誕生日すら覚えていない新一がわざわざ快斗の誕生日まで覚えているだろうか?

「いや、新一は覚えているよ。絶対」
「なんでそう言い切れる」
「だって新一は俺のこと好きだし」
「理由になってない」
「なってるさ。新一は絶対に覚えてる。6月21日。たとえ俺の母親が忘れていても新一だけは覚えてるさ」

その自信はどこからくるのか、絶対。と再度言う。

「もし、俺が忘れたらどうするんだよ?」
「だから、新一は忘れないって言ってんじゃん」
「それでも、俺達がお前の誕生日まで続くかわかんねぇぞ?」

言ってしまってから後悔した。という表情を浮かべた。その顔が辛そうで、悲しそうだった。
そんな新一を見て快斗は優しい笑みを浮かべた。

「大丈夫だって。俺は新一を離すつもりなんて全くない。あんな思いもう二度としたくないからね」

苦しくて、苦しくて、何よりも愛おしいのに憎くて、何よりも大切なのに壊したくて、本当にあんな思いは二度としたくない。

「ともかく、今日は新一の誕生日なんだから新一のしたいようにしていいよ」
「快斗」
「どこか行きたいところある?といってもゴールデンウィーク中だからどこも混んでいるかもしれないけど…」
「いい」
「へ?」
「快斗と一緒に家にいる。警察から呼び出しがあってもずっと快斗といる」

顔を隠すように快斗に抱きついた。それでも耳が赤くなっていることに気づいて笑いがこみ上げてくる。

「うん。今日はずっと家でゴロゴロしてよっか」

でもその前にちゃんとベットで寝ようね?と言うがはやいか新一を抱えて立ち上がるとそのまま二階に上がっていく。

「降ろせ」
「嫌だね」
「自分で歩ける」
「いいじゃんすぐそこなんだから」

本気で抵抗したら階段から落とされかねないので小さく抵抗する。そんな程度で快斗が素直に降ろしてあげるはずもなく、そのまま新一をベットに運ぶ。
部屋に入ると真っ暗でカーテンの隙間から月の光が漏れている。
そっと新一をベットに横たえると快斗は新一のすぐ隣に座った。
サラサラと流れる新一の髪を梳きながら愛おしそうに新一を眺める。
流石に居心地が悪いのか自分の髪を梳く手を掴んでそのままベットに引きずりこんだ。

「お前もどうせ寝るんだろ」

思いがけない新一の行動に思わず瞠目した快斗だったがすぐに余裕のある笑みを浮かべて新一を抱き締めて横になった。

「新一」
「……なんだよ」
「誕生日おめでとう」

寝苦しくない程度に新一を抱きしめてそのまま眠りについた。

今度は新一とずっと一緒にいられる、幸せな夢を見るために…………。


























END