「――…月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど…」




満月とは言わないが、それでも衰える事のない月の光が爛々と輝き、空には雲は一つもない。
古びたビルの屋上からではネオンの光が溢れ出てきて流石に星までは見られそうにもないが…。


「このような月でも、なかなか風流だと思いませんか…?」

音を立てずに羽のようにそっと冷たいコンクリートの上に降り立ち、柵に寄りかかりぼんやりと月を見上げる探偵に問うた。

「…まぁな」

こちらを振り向きもせずに気のない返事だけを返す探偵に肩を竦めた。
ゆっくりと歩いて探偵の横に並ぶとトンという軽い音と共に柵の上に立った。

「で、今回は何故こちらに?」
「…月が綺麗だったからな」
「そうですか…」
「今の…」
「歌ですか?」
「百人一首だったか?」
「えぇ。よくご存知で」
「秋というよりもう冬に近いけどな」
「そうですね……」
「………」
「…秋は私だけのものではないですが…」
「ん?」
「私だけのものになればいいと思う事はありますよ」
「秋が?」
「冗談のつもりですか?」
「……違うのか…」
「……ま、いいですけどね…」

一瞬遠い目をしたが視線を戻して再び変わることなく輝きを放つ月に目を向けた。
そしていつの間にか手にしていた宝石を月に向って翳した。
が、月の光で輝きは増すが赤くなる事はなく相変わらず冷たい色を放っていた。

「違ったか?」
「えぇ…」

出した時と同じように手の中にあった宝石を消すとふうと息を吐いた。

「ま、そのうち見つかるだろ」
「そうですね…」

話した覚えはないが予測でもついてるのかあまり多くは聞いてこない。
真実を知ろうとはせず、己の正義ばかりを突き通す どこかの迷探偵とは大違いか…。

「こんなところにいたら風邪を引きますね」
「ん。そろそろ帰るか…」
「送っていきましょうか?」
「や、別にいい。」

柵から離れると大きく体を伸ばして筋肉を解していた。
ついでに首をこきこきと鳴らした。

「お疲れのようですね」
「まぁな」

最近はますます厄介な事件も増えて警察の手だけでは解決できないような物も多いみたいだ。
もっともその一つが自分だったりするので文句も言えないが…。
しかし、高校生の手を借りなければならないほどなのだろうか?

「体には気をつけてくださいね?」
「あぁ…隣もうるさいしな」

妙に実感の篭った声に苦笑して首にマフラーをかけてあげた。

「キッド?」
「次の仕事のときに返して頂けばいいですよ。貴方が風邪を引いたら私も文句を言われそうですからね」
「…さんきゅ」

ふわっと笑うと大事そうにしっかりと首に巻いた。
その姿を微笑ましげに見つめていると遠くから微かにサイレンの音が聞こえてきた。

「では、またお会いしましょう。名探偵」
「あぁ。またな」

体をそのままビルから落下させると白い翼を広げた。




――……明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな…




もう一度貴方に会えるその日まで……

私は夜が明けるのを待ち続けましょう。













END








あとがき
暗記させられたときに思いついたもの。
月見れば…の方の意味は
「月を見ているととりとめもなく物事を悲しく思われるものですね
私一人だけの秋というわけではないのに」
ってな感じ。
あけぬれば…の方は
「夜が明けてしまうと、また必ず日が暮れてしまうものだ。
そうすればまた貴方に逢えるとは承知しながらも、やはり恨めしく感じられる別れて帰る夜明け方であることよ」
でした。
百人一首は恋の歌が多いので意味が分かると楽しいですね。