振り向かない人を想いつづけるお題
作り笑いだけが上手くなって、感情は沈殿していく
必死の思いで言葉を飲み込んだ。あなたを失わないために。
配布処:COUNT TEN.
終わりにできるなら、どんなに楽だろう
『終わりにできるなら、どんなに楽だろう 』
ココロの中でそっと呟いた。
「よ。新一」
軽い声と軽く叩かれた肩に新一は隣に目をやった。
隣にいたのは大学に入ってからの友人。
「随分早いな。珍しく」
「俺だってたまには遅刻しない日もあるんだよ」
「明日は雪が降るかもな」
空を見上げると分厚い雲が覆い尽くしていた。本当に降るかもしれない…いや、今は夏だ。
「新一こそ、学校出てくんの久し振りじゃね?」
「最近忙しかったからな」
大きな事件を抱えていたが、それは昨日終わった。あとは結果待ち。
「留年なっても知らねぇぞ」
「お前にだけは言われたくない」
ニヤッと意地の悪い笑みを浮かべる友人の額にベシッとデコピンをして、さっさと歩きだした。
後ろで何か叫んでる声が聞こえるような気がするが気にしない。
もう一度どんよりと暗い空を見上げて溜息を吐いた。…まるで、今のココロの中のようだ。
…会いたかった。
…会いたくなかった。
…気づいてほしい。
…気づいてほしくない。
…好きなのに。
…伝えられない。
「好き、なのに」
友人の黒羽快斗。
友人であり、それ以上ではない。まぁ、「親友」と言ってもいいかもしれないが、所詮「友人」だ。
その快斗に恋に落ちたのはもう、いつだったか忘れた。
「しんいちー!」
バタバタと走ってくる音に新一は振り返った。
…終わらせたい。好きだから。
…終わらせたくない。好きだから。
「遅いぞ。快斗」
それでも今は…
「友人」としての「工藤新一」の仮面を被るしかないのだ。
――…終わりにできるなら、どんなに楽だろう …
この残酷で、幸福な日々を…
最高の褒め言葉はひどく私を傷つける
ふとした瞬間に言われるその言葉に。
情けない程に浮かれて、どうしようもない程に傷つくのだ。
「新一」
「んー?」
触れそうで触れない距離に座る。俺が本を読んでいる間、快斗はいつも隣に座ってマジックの練習をするのだ。
…もう少し離れて座ってくれたらいいのに。心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと意識して余計に鼓動が速くなる。
せめて手にしている本が初読みだったら意識しないで済むのに…。
「コーヒー飲む?」
「飲む」
快斗の言葉に即答するとクスリと笑う気配がした。
「じゃ、淹れてくるね」
「…さんきゅ」
すぐ隣にあったぬくもりが離れていく。衝動的に手を伸ばして引きとめたくなるのを抑え、チラッと視線だけで姿を追う。
離れて欲しかったのに、離れてしまうと寂しいと感じてしまう。
矛盾した自分の心に自嘲的な笑みを浮かべて慌ててポーカーフェイスを被った。…悟られるわけにはいかないから。
短いようで長い時間。
彼の気配は感じることが出来るのに、傍にいない。
もどかしい思いを感じながらさっきから一ページも進んでいない本に目を落とした。
「お待たせ」
ふわりとコーヒーの香りが漂う。
快斗の淹れるコーヒーは味も濃さも俺の好みなのだ。もっとも、快斗自身のカップには砂糖とミルクが大量に入れられていて台無しになっているのだが。
「ん。さんきゅ」
「どういたしましてv」
本を閉じて快斗の淹れてくれたコーヒーの味を楽しんだ。
「美味しい」
「そりゃ、新ちゃんへの愛がたっぷり入ってますから♪」
「…あっそ」
ふわりと揺れた心を悟られないように興味のなさそうな顔を取り繕って誤魔化した。
本当に、心臓に悪い。
「新ちゃん冷たい…」
「新ちゃん言うな」
「えーだって新ちゃんは新ちゃんだしぃー」
にやにやと笑いながら人をからかう快斗に、どうしてこんな奴が…と呆れてため息をついた。
「んなこと言う奴にはチョコやらねぇからな」
「チョコ!?なんで新一が……バレンタインはまだだろ!?」
血相を変えて迫る快斗に新一はくいっと眉をつりあげた。
「去年までバレンタインの意味すら知らなかった奴が何言ってやがる。…貰ったんだよ、灰原から」
冷蔵庫にあるぞ。とキッチンを指指せば何故か快斗は大げさに胸を撫で下ろしていた。
「よかったー。バレンタインって年によって日付が変わるのかと思っちゃったじゃん。びっくりさせないでよー」
「お前が勝手にびっくりしたんだろ」
…というか、なぜこいつはここまで大げさに反応したのだろうか?
やっぱり、本命の子からチョコが欲しいから…だろうな。
ちくりと刺すような痛みを何気ない顔をしてやり過ごした。
「で、食わねぇの?」
「食う!食いますとも…!」
ダダっと再びキッチンに戻り、高速で帰ってきた。
「ありがとー新一vv」
「礼なら灰原に言えよ」
嬉しそうに箱を開ける快斗の姿を笑みを浮かべながら眺めていた。
「ちゃんと哀ちゃんにも言っておくよ?でも、俺にくれたのは新一だから」
「あーはいはい」
「んな適当に…でも、そんな新一も好きだけどね」
びくっと体が固くなるのを感じた。
目の前のお菓子に気を取られている快斗には気づかれていない、と思う。
自然と止めていた息をそっと吐いて、肩の力を抜いた。
『好き』だと。
何度か戯れのように紡がれる言葉。
その言葉を聞く度に心臓が高鳴り、呼吸が苦しくなる。
「…へぇ」
興味が失せたようにすっと視線をそらした。
そっけない言葉。そっけない態度。マジシャンの観察眼を欺けるだけのポーカーフェイスを保ち続けなければならない。
…まだ、失いたくないから。
「信用してないだろ、新一」
「はいはい、してるよ」
「むー…」
拗ねたような顔をする快斗をあしらうようにして、再び本の世界に入ったようなフリをした。
”好き”だなんて、言ってほしくない。
勘違いしてしまいそうだから。
本当は一番欲しい言葉だけど…
――…頼むから、これ以上…
甘い期待だけをして、苦しみたくはない。
最高の「言葉」は、ひどく俺を傷つける…。
立場とか年齢とか、そんな障害なら簡単に越えてみせるのに
酒の出る席であいつの存在は誰よりも際立っていた。
プロ顔負けのマジックにあのルックスで目立たない方がありえない。
そして今日も…
「ねぇ黒羽くん、マジック見せてよー」
「あ、あたしも見たーい」
女の子たちの媚を含めた高い声に同調するように男の野太い声が囃したてる。
快斗も嫌な顔を見せることなく、にっこりと笑って期待に応える。
…いつもの光景だ。
その様子を新一は部屋の隅でそれをぼんやり眺めていた。
黒羽快斗という人間は基本的に老若男女、誰にでもモテる。
誰にでもモテるということは同時に恨み妬みを買うということにも繋がるが、どうやっているのか快斗はそういった面倒を回避することに優れていた。
人好きする笑顔に釣られるように人が自然と寄ってくる。
男は友人になろうと近寄り、女は興味を持ってもらえるように近づく。
こんな時、世界がグラリと歪むような心地がするのだ。
何故快斗は自分の傍にいるのだろう。
いつか快斗には可愛い彼女ができて、自分の傍にいないかもしれない。
唯一の居場所であったはずの『親友』という立場も失ってしまうかもしれない。
そんな日が来るのを怯えながら待っているのは辛いのに。
女の子たちに囲まれて、どこか嬉しそうに笑う快斗を眺めてちくりと胸が痛む。
…あの中に本命の女の子がいるのかもしれない。
そんな不安を抱えて、苦しくなる。
もし、自分が男じゃなかったらこんな不安を抱えることはなかったのだろうか。
立場とか、国籍とか、年齢とか。
そういう壁なら乗り越えられる自信はある。
だけど、性別だけはどうしようもないのだ。
快斗も男で、自分も男。
普通に考えたら気持ち悪い。
俺も「快斗だから」好きになったのだ。他の男だったらきっと考えもしなかっただろう。
だから、快斗もいつか『親友』がこんな想いを抱えていると気づいたら離れてしまう。
その前に、軽蔑される前に自分から離れなければ…
でも、
「新一も見るだろ?はやく来いよ」
そういって笑顔で振り返るから。
「…あぁ。下手だったら承知しねーからな」
俺はまだこの立場に甘えて縋ってしまうのだ。