この想いは本物だから…
俺は絶対、諦めない…。












チャンスを掴んだ土曜日









温かい手が自分の手を包んでいた。温かくて心地よい温度に安心して、そっと握り返してみた。

「…い…と…」

ふと自分の名前を呼ばれた気がして、薄っすらと目を開けた。

「…ん…いち?」

いつもは鋭い輝きを持つ目も閉じられていて、端整な顔つきもどこか幼く見える。
自分の手を握って、小さく寝息をたてている新一を眺めて、とても愛おしく思う。それでも、昨日のあの悲しそうな目をした新一の姿が目に浮かんでチクリと心が痛くなった

。本当はあんな顔させたくないのに…。
新一が目を覚ましたら全て話そう。自分のことも、キッドのことも、全てを…。
それで、新一が許してくれるとも思わない。拒絶されるかもしれない。もし、たとえ新一が受け入れてくれなくても、仕方がないことなのだ。すべては自分が悪いのだから。
でも、せめてこの想いは伝えてもいいだろうか…?

「…ぃと…」

小さな声で自分の名前を呼んだ。悪夢でも見ているのだろうか、と思うけれど安心した寝顔がそうではないと伝えている。
片手を伸ばして毛布を取って、そっと新一にかけてやった。本当は、ベットで寝かせてあげたいけど、体を動かせばきっと目を覚ましてしまうだろうから。

「新一…」

……大好きだよ。

そっと言葉には出さずに呟いた。
まだ言えないから。この想いはまだ伝えてはいけないから…。

「お休み。新一…」

風邪を引かないようにもう少しだけ新一の体を引き寄せて、再び眠りについた。

幸せな夢が見られるように…祈りながら。









****








温かいぬくもりに少しずつ目を開けた。

「快…斗?」

はじめに飛び込んできたのは快斗の端整な顔。寝顔は人を幼くみせるが、快斗の場合は逆らしい。普段、表情豊かな快斗が大人びて見える。
寝起きでぼんやりした頭が徐々に覚醒していく。
ふと、ぬくもりの出所を確認するために自分の手に目をやった。

「なっ…!?」

慌てて口を噤んで快斗が目を覚ましていないか見た。
変わらず静かな寝息を立てる快斗に安心した。しかし…。

「まさか…起きてない…よな?」

温かいぬくもりは快斗の手だった。
確かに、昨夜手を握った覚えはあるが…。何故か快斗の手もしっかりと新一の手を包んでいる。
…………無意識だったのだろうか?
でも、もし快斗が一度起きたのだとしたら…。

「っ……!」

サッと顔が赤くなるのを感じた。
気付いたのかもしれない。正直、かなり恥ずかしい…。

「ん…ぃち…」
「わっ…」

1人でワタワタと赤面していると急に快斗の手が引っ張った。釣られるようにして新一の体も快斗に引き寄せられる。
慌ててバランスを取ろうとするが、すでに手おくれでポスッと音と共に新一の体はしっかりと快斗に凭れかかるような格好になった。

「ばっ…怪我が…」

ハッと快斗がまだ寝ていることを思い出して再び口を噤む。
そっと、快斗に気づかれないように体を動かすが、力が強い。快斗の腕から解放されるのはまだ無理らしい。

「ったく…」

人の気も知らないで未だ眠り続ける快斗に苦笑が漏れる。諦めて怪我に障らないように快斗の体に自分の体を預ける。
不意に背中から何かが落ちたのに気付いた。

「毛布…?」

確かこれは快斗に掛けてあったものだ。
……快斗が掛けてくれたのだろうか…?暖かい毛布。俺が風邪をひかないように…?

どこまで優しいのだろう。彼は。
気付かれないようにそっと俺を気遣ってくれて、さりげない優しさが嬉しかった。

「快斗…」

……大好き。

そう伝えられたらいいのに…。
でも…友人だった男にそんなこと言われたら誰もが嫌な気分になるだろう。ましてや知り合って一週間も経ってないのだ。
それに…快斗は彼だったのだ。
探偵である俺と対極の位置にいる彼…怪盗キッド。
レトロで気障なお人好し。自分の危険も顧みないで人の窮地を助けて、礼も言わせずに去っていく怪盗。
嫌いではなかった。むしろ怪我をしているところを助けるぐらいには好意を持っていた。この姿に戻ってからは話したことは殆どなかったけれど、彼は俺がコナンだったことも知っている。
あぁ、だからか。
服部がコナンの話をしようとしたとき何の違和感も感じていないように見えたのは…快斗自身が知っていたから。
頭の中にあったパズルのピースが音を立てて填まった。「快斗=怪盗キッド」雰囲気も空気も違うのに全く違和感はない。快斗との会話、キッドとの会話。どっちも楽しくて、俺をワクワクさせた。
なのに、いつからだろう?俺が快斗のことが好きになったのは…。
ひょっとして、ずっと前から?快斗と知り合う前、キッドとして出会っていたころから?

いつからなんて関係ない。俺は快斗が好きなんだ。

この想いは伝えられないけど………。










コンコン。と軽い音が聞こえた。

「工藤君」

控え目な小さな声。

「灰原?」
「入るわよ?」

カチャリと静かに開かれた扉。快斗を気遣ってのことだろう。

「目、覚めてないのね」
「あぁ…」
「そう。もう随分寝ているわね。怪我の方は塞がってきたみたいだし、痕は残るでしょうけど後遺症はないと思うわ」
「そう…か」
「あとは彼が目覚めるだけね。あら?」

ふと哀の目に映ったのは2人の手。と、快斗に凭れる格好の新一の姿。

「なんだかんだ言っても上手くいきそうじゃないの」
「へ?」
「馬に蹴られる前にさっさと退散しようかしら?そうそう、彼が起きたら教えてくれる?」
「?わかった」

じゃあね。と言ってすぐに出て行った。

「なんだったんだ?」

意味ありげな笑みを残して去って行った哀。
頭に疑問符を浮かべた新一だけが取り残された。




「ん…ぃち…?」

自由な手の方を顎の下に添えて考え事をしていると快斗の小さな声が聞こえた。

「いと…」

寝起きだからか、ぼんやりと焦点の合っていない目が新一を映す。
どうしたものかと視線を彷徨わせているとだんだんと快斗の目が大きく見開かれていった。

「し…新一…」
「…………」

快斗の拘束からスルリと抜けて真っすぐ快斗の目を見つめた。

「……怪我は?」
「あ…あぁ、もうだいぶ良くなったみた…っ…」

急に怪我のことを思い出したからか、鈍い痛みが広がった。

「快斗!?」
「だい…じょうぶ…」
「何が大丈夫だ!無理しやがって…」
「本当…大丈夫だから…」
「そうやって言って…お前はまた無茶をやらかすのか?」
「え…?」

辛そうに歪んだ新一の顔。
それも一瞬のことですぐにポーカーフェイスを取り繕った。

「灰原…呼んでくる」

握っていた手はいつの間にか解かれていて、新一は扉に向かっていた。

「まっ…待って!」
「っ…!?」

気付いた時には腕を伸ばしていて、しっかりと新一の腕を捕らえていた。
今、ここで新一に行かせたら新一は俺の前へ姿を見せてくれないような気がしたから…。

「明日っ…」
「明日?」
「明日の夜…俺達が初めて会ったあのホテルの屋上に来てくれるか?」
「はぁ?」
「話したい事があるんだ…来てくれる?」
「今…今じゃだめなのかよ?」

真っすぐな視線はもう俺の目を捕らえていなかった。

「今は…でも、明日は必ず話すから…俺の事も、何もかも全て」
「かい…」
「だから…あと少しだけ待ってくれる?」
「お前…その怪我で行くつもりかよ?」
「行くよ。俺はやらなければいけないことがあるから…それを今更やめることはできない…でもっ…」

上手く言葉が出てこない。俺が言葉に詰まるなんてないのに…いつでも新一が相手だと上手くいかないのだ。
正反対の位置にいる新一への想いも、西の探偵への嫉妬も、上手く抑えられなかった。多分これからも。これほどまでに何かに執着するなんてないのに…手放したくない。たとえ友人という立場にすら立てなくなっても、俺は新一をずっと求め続ける。
この想いは命と取りになるかもしれない。それでも、俺は新一を諦めるなんてできない。

「新一には…全てを知って欲しいから」
「……俺がお前を売るかもしれない」
「それでもいい。新一がそう判断したのなら。それでも俺は知って欲しい」

俺を。俺のすべてを…。

「夜、12時半にあのホテルの屋上で。ずっと待ってるから…」
「快斗!」

ベットから立ち上がって枕元に置いてあったシルクハットとモノクルを手に取った。
いきなり立ち上がると流石に血が頭まで行きとどいてなくて少しフラッとするが、大したことじゃない。
立ち上がった快斗に驚いた新一を背中から抱き締めた。

「だから…来てくれよな…新一…」

そっと耳元で囁いた。
新一の体は硬直しているが、きっと来てくれる。そう信じてその体から離れた。

「じゃあ、また明日」

最後にニッコリと笑って部屋を出て行った。


「っ…快斗…」

心臓の音がうるさく鳴り響く。
多分、今の自分はとても情けない顔をしているのだろう。顔の火照りはしばらく治りそうもない。
耳元で囁かれた低い声が耳から離れることはなくて、ざわりと肌が泡立った。

「どうしてくれるんだ…」

頭を冷やそうとカーテンを引いて窓を開け放った。冷たい風が火照った頬に気持ちいい。

月が冷たい色を放つ。それでも、どこか優しい色のように見えた。










****








「あれ?」
「あら」

階段を降りると目の前に少女が立っていた。

「もう行くの?」
「うん。ありがとう…色々と」
「それなりに高くつくわよ?」
「うっ…覚悟しておきます」

でも、彼女には助けられたのは本当だ。彼女がいなかったら多分、自分の心でさえ気づくことができなかったかもしれない。

「それで、分かったのかしら?」
「ぼんやりだけどね。少なくとも、新一を諦めないって決意は出来たよ」
「そう。工藤君も大変ね、これから」
「それでも諦めないよ?」
「わかってるわ。ただし、工藤君を傷つけたら、彼に近付くことは許さないから」

ただの小学生ではありえない鋭い視線を投げかける。その視線を受け止めて真っ直ぐに見返した。

「そんなことはしない。新一を傷つけるなんて、絶対に」
「絶対よ?」
「誓ってでも」
「ならいいわ。あぁ、そうそう…」

ポケットから何か小さいものを取り出した。

「鎮痛剤よ。どうせ貴方のことだから普通のでは効かないんでしょう?ちょっと手を加えてあるから気休め程度にはなるでしょ」
「ありがとう。でも、どんな手加えたの?」
「知らない方がいいと思うけど…それでも聞く?」

ニヤッと不気味な笑みを浮かべる。その笑みにちょっと引き攣りながら大人しく薬を受け取った。見た目だけなら普通の薬だ。見た目だけなら。

「遠慮しておきます…」
「あらそう?即効性だから必要なときに飲みなさい。そうね、予告時間の30分前くらいに飲むといいかしら」
「……本当、何から何までありがとう」
「貴方に借りを作っておくと後々使えそうだもの」
「げっ…」
「嘘よ。私からのお礼…かしらね」
「お礼?」

何かしただろうか?

「工藤君があんなに楽しそうにしてる姿…久しぶりに見るのよ。確か、月曜日あたりからかしらね。貴方と出会った時のこと、嬉しそうに話してたわよ?」

思わず顔が赤くなる。どうしよう…かなり嬉しい…。

「ほら、もう行くんでしょう?精々夜道で倒れないようにね」
「うぅ…」

優しいのか手厳しいのか分からなくなってきた。
それでも、彼女には感謝してる。

「何度も言うけど、本当にありがとう」
「……どういたしまして」

フッと小さく笑みを浮かべて玄関から出ていく快斗を見送った。












未だ降りてこないもう一人の気配を感じながらキッチンでコーヒーを入れた。

「全く、お騒がせな人たちよね」

明らかに両思いなのに、どうして気付かないのかしら?

ふと月曜日の夜のことを思い出した。



『どうしたの?工藤君』
『へ?』
『嬉しそうだけど…なにかいいことでもあった?』
『えっ!?あ…いや…』
『あったのね』
『いや、あったというか…』
『はっきりしないわね。工藤君らしくもない…』
『今日さ…面白い奴に会ったんだよ』
『………………』
『あ、別に怪しい奴ではなかったぞ?ただ、話してて面白かった』
『貴方が話してて面白いっていう人なんて、珍しいわね』
『あぁ、そうだよな…』
『それで?その彼と話しているのが楽しかったわけね?』
『…まぁ、そうだな…』
『どうしたの?』
『いや…なんか違和感あったんだよ。アイツ…どっかで…』
『…………会ったことあるんじゃない?』
『…ない…と思ったんだが…』
『ま、一応周りには気をつけなさいよ?まだ何が潜んでいるかわからないんだから』
『わかってる』
『その彼…今度会わせてもらってもいいかしら?』
『へ?』
『貴方がそこまで気にする人なんて、興味あるわ』
『明日家に来るけど…』
『あら残念ね。明日は博士と出かけるのよ』
『そうか…じゃあまた今度でいいか?』
『えぇ、楽しみにしてるわよ』



確かに、面白い人だったわね。
でもまさか、あのハートフルな怪盗さんだとは思わなかったけれど…。



探偵の想い人が怪盗で、怪盗の想い人が探偵だなんて…常識では考えられないけれど、それが彼ららしいわね。


それに、工藤君が幸せなら…それでいいわ。

















next





―――――
****あとがき****
ちゃんと確認してないので粗があるやも知れません。自分ではなかなか気付かないのであればご報告ください。
やっと終わりそうです。長かった…いやいや、まだ日曜日が残ってますよ月華さん。
でも新一の想いも書けて満足。でも本当ならすべて快斗サイドだけで終わらそう!という野望があったのはなかったことになりました。
最後の最後まで迷いましたが新一さんはKID=快斗ということを知らなかった。ということで。それでも快斗に惹かれたんですよ。たとえ知ってても快斗に惹かれてましたよ。きっと。
じゃなきゃ一週間で恋に落ちません。(現実主義?)(いや、このサイトやってる時点で違うような…?)
さて、哀ちゃんが保護者のような形になっておりますが。哀ちゃんは個人的に好きなんで。2人を応援する形に回っていただきました。何気にすべて把握してます。快斗の想いも新一の想いもすべて。

長々と書きましたが次が最後です。


でも、それまでにどれだけの時間がかかるだろう…。