誰よりも、何よりも新一だけを愛してる。














二人で始める日曜日











夜の帳も下り、冷たい風が肌を刺した。
空が雲に覆われている所為か、月の光は届くことがなかった。

「……工藤君」

静かに門を閉めると、どこからか小さな声がした。

「灰原…」

街灯の光に照らされない場所にそっと灰原が佇んでいた。

「行くの?」
「あぁ」
「…そう」

影になっていて表情まではわからないが、笑っているような気がした。

「灰原?」
「なに?」
「いや……」
「……早く行った方がいいんじゃないかしら?彼も待っているわよ」
「あ、あぁ…」

時計を見るともうじき12時となろうとしている時刻だ。

「……素直になりなさい」
「え?」
「躊躇していたら、彼も貴方に拒絶されてるって勘違いしてしまうわ」
「……」
「貴方次第よ。工藤くん」
「……ありがとう。灰原」
「…早く行きなさい。お礼は後でしっかり頂くから」
「あぁ。じゃあな」

手を振って見送る灰原を一瞬振り返って駆け出した。

月はまだ姿を見せない。







走りだした新一を見送って哀はそっと微笑んだ。

「……これが最後のチャンスよ?怪盗さん。工藤くん」

帰ってきた時、2人の関係がどうかわっているのか楽しみだわ。








****







下界の光など僅かしか届かない摩天楼。
中々姿を見せない月に小さくため息を吐いた。

「新一……」

屋上の端ギリギリに立って下を見下ろした。
この光のどこかに新一がいる。そう思っただけで胸がドキドキと高鳴った。
宝石が散りばめられたようなネオン。彼を知らない頃の自分はこの光が空虚なものに見えた。でも、今は違う。とても温かな光に思えた。

「あれから一週間…しか経ってねぇんだよな…」

一週間。僅かな時間の中で俺は前よりずっと彼の事が好きになった。
知れば知るほど俺は彼から離れることができなくなって、もっと彼を知りたい。もっと彼に近付きたいと貪欲になっていった。

『快斗』

俺の名前を呼んでもらえるのが奇跡のようだった。本当は呼んでもらえるはずのない名前だったから。
名前を呼ばれる度にどきどきして、彼の名前を呼ぶだけで嬉しかった。
それでも、彼を狙うヤツらは俺以外にも沢山いて、正直焦った。西の探偵だけじゃない。多分、倫敦帰りのあの探偵もきっと彼を狙っているはずだ。彼を間近で見てしまうと彼が欲しくなる。それはアイツも例外ではないはずだから。
彼の周りにいる全ての人間に嫉妬して、彼に近付く奴らを牽制して彼が俺だけを見るようにしたいと思った。
彼を想う気持ちは揺るぎないもの。たとえ、彼にその気持ちを受け入れられなくても俺はずっと彼が好きな自信がある。それこそ永遠に。

「もうすぐ時間だ」

時計の針はもうじき12時半を指そうとしていた。
彼は来るだろうか?初めて俺が直接彼と出会ったあの場所へ。

ふっと笑って空を見上げた。
月は出ていない。少しだけ寂しいと思うが、天気まではどうしようもないから仕方がない。
パンドラかどうかを確かめるためでもあるけど、やはり仕事をする時はいつでも月が見守っていたから…。

「そろそろ行くか…」

怖いという気持ちがないわけではない。もし、拒絶されたら、もう二度と会うことができなかったら…。考えるだけで怖い。
でも、決めたから。新一にすべてを話す。今までのこと、自分の気持ち、全てを…。

「新一…」

早く会いたい。

ふっと空に笑いかけた。

「見守っててくれよ?」


厚い雲の下から僅かに光が漏れたような気がした。






****







まるで宝石箱のようなネオンの光を見つめて小さく息を吐いた。

「…12時半」

あの日、俺達はここで出会った。
確か俺はここで花火を用意して……。

「よぉ、新一」

突然掛けられた声にゆっくりと振り返った。

「何やってんだ?こんなところで」

「花火…用意しといた方がよかったか?快斗」

大体、お前が呼び出したんだろう。と言うと快斗は苦笑した。

徐々に月を覆っていた雲が月から離れていく。月に光に照らされて、一瞬だけ白い影が見えたと思ったら、いつもの快斗が微笑んで立っていた。

「こんな時に警察呼ぶなんて野暮なことするなよ?」
「呼んだらお前は逃げるのか?」
「逃げねぇよ」

あの時と同じようにストンと俺の前まで降りてきた。

「俺は逃げない。だから…」
「快斗…?」
「新一」
「……」
「俺の話聞いてくれるか?」

真っすぐに俺の目を見る快斗が怖くて、目をそらした。

ふと影が差して、快斗の気配が近づいてくるのを感じた。

「え?」
「新一」

気付いたら目の前に快斗の顔があって驚いて思わず目を瞑った。

そっと羽が触れたように唇が下りてきた。

「…好きだよ。新一」




………え?




「今…なんて…」
「好き。俺は新一が好きなんだ」


ずっと前から。


目の前が真っ白になったような気がした。快斗の言葉が耳に響いて、サッと顔が赤くなるのを感じた。


「俺は泥棒で、新一に会った時もキッドだって黙ってた。新一が話しかけてくれるのを俺は甘えて、新一に何も話さなかった。新一と一緒に居たかったから。もっと新一に近付きたかったから。だから…言い出せなかった。俺がキッドだって…。ごめん…新一」
「か…いと…」
「俺が新一に近付いたのは、キッドとしてじゃない。黒羽快斗として、新一の隣に立ちたかったんだ。友人としてでもいい。俺を……受け入れてくれる…?」


あ…こいつってこんな顔もするんだ…。


目の前にいるのはいつも笑顔で人を安心させる雰囲気を纏った『快斗』でもなく、気障で冷涼な雰囲気を纏う『キッド』でもない。情けない顔をした、一人の男が俺の前に立っていた。

「快斗…俺は……」

言ってもいいのだろうか。俺は探偵なのに、こいつとは正反対の場所にいるのに…。




――…俺は……





『……素直になりなさい』




………あぁ、そうだったな……




「…俺も…快斗が好き…だ」
「え…?」

今度は目を逸らさない。真っすぐに快斗の目を見つめてはっきりと告げた。

「いつから…なんてわかんねぇけど……快斗が好きだ。多分……キッドも」
「え…でも…キッドは泥棒で…それに…」

そんな都合のいいことあっていいの…?

小さく呟く快斗に苦笑した。

「都合のいいことって…それが真実なんだよ」

信じられねぇか?

「どうしよう……」
「あ?」
「新一が俺を好きになってくれてたなんて考えてなかったから…」
「ダメなのか?」
「ううん。嬉しすぎてどうしたらいいのか分からなかっただけ」

そういって快斗は本当に嬉しそうに笑った。

「新一」
「ん?」
「大好き」
「……俺も…」

ギュッと強く俺の体を抱きしめて、そっと額に唇を落とした。
快斗の腕は温かくて、安心する。見上げると快斗が優しく微笑んでいた。

「俺さ、ずっと前から新一のこと好きだったんだ」
「いつから…?」
「さぁ…でも、多分出会った時からじゃないかな?」
「そんな前から…?」
「うん。一目惚れだったのかも」
「俺はいつからなんてわかんねぇ…」
「いつからでもいいよ。今俺を好きでいてくれるなら」
「今だけでいいのか?」
「まさか。ずっと離す気はないから。ずっと好きでいて欲しいな」
「お前…独占欲強そうだな」
「新一だけだよ。新一だけは何があっても手放さないから。覚悟しておいてね?」
「…快斗も…浮気すんなよ?」
「するわけないじゃん。新一がいるのに」
「ん……」

そっと快斗の唇が俺の唇に触れた。
初めは触れるだけのものだったのが、呼吸が苦しくなって僅かに開いた口を快斗の舌がこじ開けるようにして入ってきて深いものに変わった。

「んんっ……」

戸惑うように行き場の無かった舌が絡みとられ、なんだかよく分からない内に体の力が抜けた。

「はっ……ぃと…」

長いような短いような深い口づけの後、漸く解放されたと思ったら足に力が入らなくてそのまま座り込んでしまった。

「バーロ。力入らねぇじゃねぇか」
「あはは…ごめんね?つい止まらなくて…」

申し訳なさそうに笑う快斗をキッと睨みつけた。

「ったく、ちょっとは手加減しろっての…」
「おや、名探偵ともあろう人が怪盗に手加減されてよろしいのですか?」
「…それとこれとは話が違う!」
「はいはい。新一を立てなくしたのは俺だから、責任もって家までお送りしますよ」
「何言ってんだ」
「へ?」
「帰るんだろ?俺の家に」
「!いいの!?」
「いいもなにも…お前どうせまだ怪我治ってねぇだろ?んな状態で仕事なんて行かせられるか」

ぺしっと快斗の額に指で弾いた。

「ほら、早く立たせろ」
「なぁ…俺の怪我が治っても……新一の家に居ていい?」
「……お前次第だな」
「頑張って新一の食生活直すから!」
「……頑張ってくれ」

そんなに酷いのか?俺の食生活…。

「鍵作らなきゃなー…」
「作ってくれるの?」
「当たり前だ。あ、でも出来るまで自分で開けろよ?」
「うん。って、新一の家の鍵開けるのって…めっちゃ大変だったような……」
「そりゃ俺の家だからな」
「……迎えに行くから一緒に帰ろ?」

せめて鍵ができるまで。

「…………俺は待たねぇぞ」
「うん。講義サボってでも新一を迎えに行くからな!」
「……サボるのかよ…」

ニコニコと笑う快斗が眩しくて少しだけ視線を逸らした。

一緒に帰る約束をして、一緒に住む約束をして、ずっと一緒にいられる。
これ以上幸せなことがあるだろうか?

快斗が差し出す手を取ると、快斗の手が暖かいことに気づいた。
それだけなのに、何故か無性に幸せに感じる。

「なんか……」
「ん?」
「いや。なんでもない」
「なんだよー」
「何でもないって」


――…ただ、怖いぐらい幸せだと…感じるんだ。


でも、きっと快斗となら、怖いなんて感じさせないぐらい幸せになれる。
なんとなく、そんな気がした。




「好きだよ。快斗」






****







「ん……ぅ」

ぼんやりと目を開けるとどこかでみたような天井が広がっていた。

「……あ。そっか」

クイッと首を横に回すとそこには愛しい人がすやすやと寝息を立てて眠っていた。

「…新一……」

そっと名前を呼んでみるが、起きる気配はない。

「夢…じゃないんだよな…」

この人と両想いになれて、二人で一緒に寝て、二人で朝を迎えることができるようになるなんて、本当に夢のようだ。
この腕の中にある温もりは新一のもので、こんな間近で寝顔が見られて、これ以上の幸せがあるのだろうか?

「…大好きだよ。新一…」

何度言っても言い足りないぐらいの想い。
叶うことのない願いだと思っていたものが今現実のものとなっていた。

「…ぃと……」
「ん…?」

小さな声にそっと応えたが、反応はない。寝言だったらしい。

「…新一」

こっそり吐息を奪って額に唇を落とした。

「んー…かい…と?」
「あれ?起きちゃった?」
「んー…」
「新一?」

閉じられていた瞼が震え、ゆっくりと青い瞳が快斗を映した。

「ん。起きた」
「そっか。じゃあ…」

再びそっと唇に触れた。

「んぅっ……っは…んだよ、いきなり」
「おはようのキスv」
「あっそ」
「新一からはしてくれないの?」
「してほしいのか?」
「うんv」
「お前がしたならいいだろ」
「えー」
「ほら、飯。俺の食生活直すんじゃなかったか?」
「そうだけどさー。ま、いっか」

よっこらせ。とのんびりと体を起してついでカーテンを開けた。

「お」
「快斗?」
「新一、ほら」
「……綺麗だな」
「そだね」

カーテンを開けると建物の間から夜明けの日の光がゆっくりと街を照らしていた。
暖かい光は静かだった街を起して、人々が動き出す。

「なんか…幸せだな」
「快斗?」
「新一と一緒に夜明けを見られるなんてさ、一週間前は思ってなかったから」
「…そうだな」

目を細めて笑う新一の髪をくしゃっと撫でて今度は額に口づけをした。

「じゃ、頑張って新一さんの朝食をお作りしますよ」
「おう。楽しみにしてる」

名残惜しいけど、新一の髪から手を離した。
しかし、すぐに腕を掴まれてぐいっと引き戻された。思わず目を瞠るが、抵抗せずにそのままされるがままに体の力を抜いた。
気づけば目の前に新一の顔があって、そのままそっとキスされた。

「これでいいんだろ」
「あのさぁ、新一さん」
「んだよ」

顔が赤い。

「こんなことしたら俺ご飯作れなくなるじゃん」

ぎゅっと新一を抱きしめてそのまま新一の口を好きなだけ貪った。



息を切らした新一に叩かれて、それでも幸せだから笑う。


――…怖いくらいに幸せ…


それでも新一と一緒ならあとは何もいらないから…


「好きだよ。新一」











一週間前は考えてもいなかった。

例え願っても叶うはずのない夢だったから。

はじめは近くにいられるだけでいい。と思っていたはずなのに、あっという間にもっと近づきたいと願うようになっていた。

まさか、すべてを受け入れてくれるなんて思ってはなかったのに、すべてを受け入れてくれた。

『大好き』

何度言っても言い足りないくらいに。

『愛してる』

誰にも負けないくらいに。

『幸せになろう?』

2人で。


俺達の生活はまだ始まったばかりなのだから……。

















end







―――――
****あとがき****
日曜日です。終わりました。少しさびしいですねぇ。私としては初のお題完結☆なのに、なんとなく消化しきれてない気が…。途中でなんか違う…と思いましたがそのまま。これからもっと経験を積んで(?)もっと上手に2人がかけるといいなー……。このお題はこれからの小説の土台に……。
2人には幸せになってほしいので今回は頑張ってらぶらぶな2人を目指してみました。書いてて恥ずかしかったです…(笑

応援してくださった皆様。ありがとうございました!完結できるか分からなかったので、とても支えになりました。こんな風に終わりましたが…如何でしょう?期待にお応えで来たがどうか…

次に目指すは長編小説。なんとなく急にハードルが高くなった気がします…よ?