――…好きだ。



そう言ったら彼は驚いたように軽く息を飲んでいた。


そして、俺はその日以来彼に会っていない。



















「コクハク」




















「はぁ…やっぱ失敗したよなー…」


快斗は机に突っ伏しながら窓の外に広がる曇天の雲と同じくらい暗いため息を吐いていた。


「快斗?最近元気ないよ、どうしたの?」

「…なんでもねーよ」


心配してくれる幼馴染には悪いが、こればかりは相談する事もできない。


怪盗の俺が名探偵に告ったなんて…言えるわけがないよな。


その時のことを思い出して、再び深いため息を吐いた。


…なんで我慢できなかったんだ…。


と、過去の自分を責めても変わることはなく、どちらにせよ過去に戻ったところで同じことをしでかすだろう。




――キッド。




そう言って青く煌めく瞳で真っ直ぐに俺を映し出した目が忘れられない。

彼の容赦ない、それでも優しい言葉が忘れられない。



「好き、なのに…」



言うつもりはなかった。
言えるはずがなかった。


彼は探偵で、俺は怪盗。
相反する立場の中でこの思いは俺の中だけに留めておくつもりだった。



…あの時までは。




















**




















「よ、キッド」

「名探偵…来てたのか」


予告状に指定した場所に立つと、名探偵が壁に体を預け、軽く手をあげて立っていた。


「さっきまで殺人事件の方行ってただろ。無事解決してきた…ってことか」

「まぁな。意外と早く終わってこっちも拍子抜け。どーせならお前の現場行きたかったな」

「へぇ?名探偵にそう言ってもらえるなんて光栄だね」


つまらなさそうな顔をする名探偵を見てクスッと笑うと、懐から先ほど盗み出したばかりの石を取り出した。
キラキラと光る石を祈るように月に翳す。


「…どうだ?」

「…残念ながら」


石の中に望んだ赤いモノはなかった。


「そっか。んじゃ返しといてやるよ」

「さんきゅ」


石を手渡すと何を思ったのか、名探偵はそのまま月に翳した。


「それ、ハズレだぞ?」

「んー…こんなに綺麗なのにな…」


そう言いながら石を見つめる名探偵の目には少し、陰りがあるように見えた。


「………なんかあったのか?」

「…なんでお前はわかるんだよ」


誰にも気付かれなかったのに。


自嘲気味に笑って、石を掲げていた腕を下ろした。


「…蘭にさ、好きだって言われた」

「……」


ズキッと胸が痛んだ。
それを悟られないように、ポーカーフェイスで隠した。


「俺も、蘭が好きだ。でも、それは蘭と同じじゃない。俺は蘭を家族として見ていたんだ」


それは、多分俺も同じ事。

一緒にいる時間が長すぎて、いつの間にか家族愛似た感情を持ち始める。
それは、姉のような、妹のような…。
守りたい相手。でも、それはけして恋人としてではないのだ。


「俺、何やってんだろうな…」


あんなに待たせたのに。
あんなに近くで苦しんでいる姿を見ていたのに。


「俺は蘭を傷つけてばかりだ…」

「名、探偵…」


今にも崩れそうな名探偵の姿をただ、こうして見ていることしかできないのか。

伸ばしかけた手を強く握りしめた。


「わり…キッド。嫌な話聞かせちまったな」


ふっと笑った顔は、泣きたいのに無理やり押し殺したようだ。

そう思った瞬間、頭が真っ白になった。


「名探偵…ッ」


気付いたら俺は強く名探偵の体を抱きしめていた。


「キッド…?」


戸惑ったような声が聞こえたが、それに構うことなく俺はただ脆く、細い身体を抱きしめていた。


「名探偵…俺…ッ」

「…キッド?」

「俺…名探偵が好きだ」

「え…?」


驚いたように息を飲んだのがわかった。

時間が止まったかのように、俺達は互いに動きを止めた。


「あ…」


漸く、俺が我に返った時、血の気が一気に引いていくのがわかった。


どうしよう。

言うつもりなんてなかったのに。
言ってはいけなかったのに。

言ってしまった。


動かない名探偵の体をそっと放して、顔を見ないように踵を返した。


「ごめん…」


そして、俺は逃げたのだ。




















**





















「…最悪だ」


もう、俺は名探偵の前に立つことはできない。

そして多分、名探偵も現場に来ることはないだろう。



会いたい。


でも会ってどうする?

拒絶されるだけかもしれない。



それでも…。





ふと、教室が騒がしいような気がして顔をあげた。


「…なんかあったのか?」


幼馴染の姿を探すと、何故か興奮したように窓の外を見ている。


「何があるって……え?」


首を伸ばして外を見ると、予想外の人が立っていた。


「名、探偵…?」


凛とした姿で門に寄りかかり、じっと校舎を見ていた。

何故、ここに…。
と疑問に思う前に心のどこかで喜んでいる自分がいるのに気付いた。

たとえ、ここに来た理由が俺に関係なくても、俺の事だとしても、姿を見ることができたのだから。

我ながら重症だな。と思わず笑ってしまうけど、偽りのない真実だ。


クラス中が窓の外に気を取られている内にこっそりここから出ていこう。
そう思って席を立った。
裏門から出て行けば、名探偵と顔を合わせずに済むし…。


でも、最後に一目だけ…と視線をやると、名探偵がこっちを見ているような気がした。

無駄にいい視力で目を凝らすと、名探偵の口元がゆるりと上げられ、何かを呟いた。


『…逃げんなよ、怪盗キッド』

「ッ…!」


俺を、待っているのか…。

これでは逃げられない、と諦めて小さくため息を吐いて教室を出た。

そのため息はもう、曇天のように暗いものではなかった。



















**





















「よ、遅かったな」


いつもと変わらず、軽く手をあげ、門に寄りかかって立っていた。


「えっと…なんで?」


なんでここにいるのか。

なんで俺の正体がバレたのか。

様々な意味を込めてとりあえず聞いてみた。


「それはこっちの台詞だ」

「へ?」


訳が分からなくて首を傾げると何故かキッと睨まれた。


「なんでテメーは自分から告っといて姿見せねぇんだよッ」


お前探すの大変だったんだからな。

と不機嫌極まりなく文句を言われた。


「や、だって…」


男が男に。更に怪盗が探偵に好きだとか言ったんだ。
普通は気持ち悪いとかそういうのがあるだろう。

と言うと、んなもんどうでもいい。とおっしゃられた。


「俺に返事ぐらいさせてくれてもいいだろッ」

「はぁ?返事?」

「んだよ、その反応。聞きたくねーの?」

「いや、聞きたいような…聞きたくないような…」

「………んじゃ帰る」

「ごめんなさい。聞かせてください」


くるりと踵を返して立ち去ろうとする名探偵の腕を慌てて掴んだ。

…この間も思ったが、この人腕も体も細すぎじゃないだろうか…。


「……き…だ」

「え?何?もっかい言って」


余計なことを考えていた所為でうっかり聞きそびれた。

それに、名探偵自身が俯いている所為もあるが…あれ?名探偵の顔、心なしか赤いように見えるのは…気のせいだろうか?


「…俺も好きだって言ったんだよッ!」

「……………………マジ?」


何かの聞き間違いか。それともこれは夢か幻か。

こんな都合のいい事、あるのか…?


「夢…じゃないよな…」

「お前の顔、抓ってやろうか?」

「いえ、それは遠慮しておきます。でも代わりに…」


キス、していい?


そっと囁くようにして言えば、赤い名探偵の顔が一気にトマトのように真っ赤になった。


「うわー…可愛いー」

「な、に言ってんだっ」

「や、ホントのことですから。でさ、していい?」

「……ここは、ちょっと…」


みんないるし…恥ずかしい。

とチラッとまだHR中の校舎に目をやった。


「あぁ…忘れてた」


嬉しすぎて、ここが学校だということをすっかり忘れていた。


「じゃあさ、名探偵の家行っていい?」

「……」

「どうした?」

「名前、新一でいい」


赤い顔を隠す為に俯いて、小さく呟いた言葉。


「…新一」

「なんだよ」


どうしよう。

嬉しくて仕方がない。


手に入れられないと諦めていた存在がこんなに近くにあって、見ていられるだけで満足していたのに。


「もう、我慢できないかも…」

「え…?」


きょとん。と顔をあげた新一の唇をそっと自分の唇で塞いだ。


「好きだよ、新一……」

































***


甘いのを目指してみました。

甘い…のかな?

新一サンsideも書こうと思って力尽きました…。また気が向いたら…。