チリッと鋭い痛みが頬を掠めた。
同時にたった今まで自分に黒光りする銃を向けていた男が獲物を取り落として手を押さえていた。


「危なかったな、名探偵?」


振り返ると不敵に笑う怪盗が見慣れた銃を構え月を背に立っていた。


「……ワザとだろ」
「何が?」


しれっと惚ける面を睨みつけて自分の頬を指した。
指先をぬるりとした血が汚す。


「あぁ、思ったより深く切れちまったか」


悪びれもせずにニヤッと笑い、ふわりと音もなく目の前に舞い降りた。


「コントロールもロクにできねぇのかよ、へぼ怪盗」
「まぁそう怒るなって。傷物にした責任はとるからさっ」
「…んなもんいるか!」


憎たらしい面を蹴り飛ばすついでにキッドの後ろで俺たちを狙っていたスナイパーに威嚇発砲した。
…もちろん、蹴りはあっさりとかわされたのだが。


「で、敵はどちらさん?」
「知らねぇ…けど」
「身に覚えはある、と。…あぁ、名探偵がこの間摘発したっていう薬専門の組織とか?」
「…オメーはまたどっかで盗聴でもしてたのかよ」

その情報はまだ未発表の上、『工藤新一』が関わっていた事実は極一部の人間しか知らず、表にでることはないはずなのに。
それをこの怪盗が知ることが出来たとすれば、情報源は予想が出来る。


「人気者は辛いね」
「…るせー」


軽口を叩きつつ、二人は着実に敵を沈めていった。


「大体、お前は一体どこから湧いて出てきやがった?予告状が出たなんて話聞いてねぇぞ」
「湧くってまるで人を水か虫のように…。ま、今日は下見がてら夜のお散歩ってことで」
「ふぅん…」


自分で聞いておきながら気のない返事を返したあと、ふと視線を上げると銃弾がキッドを狙っているのが目に飛び込んできた。
血の気がすっとひく。


「伏せろっ!」


間に合わない…っ!
必死に小さな鉛玉に向かって銃弾を放つと、微かに触れたのか軌道が逸れ、キッドに当たることはなかった。


「…流石名探偵」


感嘆の声をあげ、キッドは自分を狙った相手の獲物を弾き飛ばした。


「これでさっきの借りは返したぞ」


鮮やかに向かってくる相手を伸しながら、キッドを睨みつける。
いや、どうせならこいつにも傷ひとつぐらいつけてやればよかった。と未だにずきずきと痛む頬を思い、今さらながら後悔する。


殺すつもりはない。精々少しお休みになって頂く程度に力を加減するのは意外と難しい。
麻酔銃はとっくに消費してしまい、残されたのは弾数の少ない拳銃と己の足だけだ。


「そろそろ潮時かな…」
「ん?逃げる?」
「あーでも、退路がねぇな」


唯一の退路にはしっかりと敵が手薬煉を引いて待っている。


「俺にいい手があるぜ?」
「…聞きたくねぇけど一応聞いてやる」
「えー。なら教えてあげない」


子供っぽく唇を尖らせて拗ねた風を装ってはいるが、目は楽しげだ。


「お前なぁ…」
「ま、俺に任せてよv」


そういうが早いかキッドは白いマントを大きく広げ、俺の体を強く引いた。


「しっかり掴まれよ!」


一瞬の浮遊感。刹那、重力に押しつぶされる衝撃が体を襲った。


「ッ――!?」


思わず零れそうになる悲鳴を呑み込んで、キッドの体にしがみついた。
クスリとキッドが笑う気配がする。
同時にバサッという音と共に重力に叩きつけられる感覚は消えた。
眼下には宝石を散りばめたようなネオンが輝きを放っていて、思わず目を奪われる…が。


「てめ…っ!キッド!!」
「落ちつけよ、名探偵。これでヤツらからは逃げられただろう?」


…確かに、敵の照射距離からは逃れることが出来たようだ。
しかし…


「飛ぶなら飛ぶって言えよな!」
「だから教えないって言っただろ?それよりさ、そろそろ腕が辛い。降りるぞ」
「腕?怪我でも…」
「あのな。小さな探偵君なら軽くてイイけどな、自分と大して変わんねぇ野郎を抱えんのは辛いんだよ」
「…あっそ」


なんだか疲れた。どうでもいいからさっさと降ろして欲しい。


折角の風景を楽しむ余裕もなく、キッドは人気のない公園で翼を畳んだ。


「お疲れさん。家まで送ってやれなくて悪いな」
「泥棒が探偵を家まで送ってどうすんだ」
「そりゃそうか」


…まぁ、確かにこいつがいなきゃここまで逃げられなかったわけだし…一応感謝、してないわけでも…いや、ものすごく不本意だけど。


「…一応礼言っとく。さんきゅな」
「お。名探偵から礼を言われるなんて珍しい。明日は雪が降るかもな」
「るせー。大人しく受け取っとけ」
「口の悪さはデカくなっても変わらない、っと」


肩を竦めてみせるさまが妙に似合っていて憎たらしい。
じと目で睨みつけると、ふと何がに気づいたようにキッドが手を伸ばした。


「キッド…?っ…!」


ピリっとした痛みが頬に走る。いつの間にか手袋をはずしていた怪盗の手が頬に触れていた。


「痕、残るかな」
「んだよ、罪悪感でもあんのか?」
「まさか」


一瞬痛ましそうに目を細めたかと思うと、ふっと笑った。
楽しげな瞳に自分の姿が映っている。


「俺以外に傷なんかつけさせるなよ」
「……は?」
「いっそ消えなければいいのにな」


いっそ愛おしいといった風に傷に触れる。
キッドが言っている意味が分からなくて、パニックになる。


「お前、何言って…」
「だから、俺はお前が俺以外に傷つけられるのが嫌なの」


またこの傷が消える前に俺の痕を残してやろうか?
低く響く声に意図せず体が硬直する。まるで肉食獣に狙われたかのように…。


「ッ――!」
「…なーんてね。そんなに怯えなくていいのに」


にこっと笑ってさっきまでの重苦しい気配がまるで嘘のように一瞬で霧散した。


「お、前なぁっ!」
「はいはい。ったく、可愛いなぁ名探偵は。じゃ、俺はこれで失礼しようかな」


すっと怪盗の体が離れ、バサッとマントを捌いた。


「では、名探偵。また月の綺麗な夜にお会いしましょう?」
「ちょ、待っ…!」


パチンと音を立てたかと思うと一瞬で煙があがる。
そして煙が消え去ったあとにはすでに怪盗の姿はどこにもなかった。まるで全て幻だったかのように。


「…の野郎」


じくじくと痛む頬に苛々として、キッと月を見上げた。


「ぜってぇ今度は捕まえてやるからな!!」


そして可愛いとかいう言葉を撤回させてやるっ!


妙なやる気に満ちた探偵は月に吠え。その様子を怪盗は苦笑しながらこっそり見守っていた。



怪盗と探偵の奇妙な関係はこれからも続く…。

























***


久しぶりに書いてみました。K新。
なんかいつも書くのとは雰囲気が違うような…いや、一緒か。
最初はシリアスに行こう!と思ってたのにいつの間にか…。
最後なんかグダグダだし。でも書いていて楽しかったです。特に最初が。
本当はとある曲を参考にしたのですが…名前を出すのもおこがましいというか雰囲気が全然違うのでなかった事に。