「しーんいちv」

突然の後ろからの衝撃に新一は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「快斗…なんで、お前までここにいる」

ドスの効いた低い声に快斗は気にすることなく、ニコニコと笑った。

「GWを補習で潰されちゃった可哀そうな新一クンが寂しいだろうなーと思って来たのにぃー」
「帰れ」
「ヤダね。折角新一を独り占め出来るってのにさ」

補習のため…つまりは新一のためにと設けられた予備教室には新一と快斗しかいない。
その新一を補習へ呼び出した張本人すら大量のプリントを渡すだけ渡して、自分はさっさと部活の方へと出ていた。
ちなみに、終わったら職員室の机の上にプリントを置いておけば帰ってもいいらしい。

「ほら、このプリント終わらせたいんだろ?手伝ってやろうか」
「…見返りはなんだ」
「やだなーちゃんとした善意だって」

ヘラヘラと笑いながら快斗は素早く新一の手元からプリントの束を半分ほど奪った。

「あ、おいっ」
「あ、でも新一が見返りくれるって言うなら強請っておこうかな?」
「…聞きたくはないが、一応聞いておいてやる」

叶えられる程度の事なら叶えてやろう。と思っている。

…俺ってやっぱ快斗に甘い…のかな。

と内心首を傾げながら、ニヤリと笑う快斗の顔を見て少し後悔していた。

「んなもん、決まってんじゃん。新一のカ・ラ・ダv」

するっと新一の頬に軽く触れ、唇を落とした。

新一は驚いたようにビクッと体を震わせるが、嫌そうに眉間に深く皺を作った。

「やっぱ聞くんじゃなかった」
「あ、まさかまた冗談だとか思ってる?」
「はぁ?冗談だろ?」

何言ってんだ。と呆れた顔で快斗を見遣るが、快斗はふかーくため息を吐いた。

「いいけどさー…もう。あ、でも他の男にこんな事させてないよね!?」
「こんな事?」
「こんな事」

ちゅっと音を立てて新一の額に唇を落とす。
新一の頬がサッと赤くなるが、蹴りはない。よし。慣れさせたもの勝ちだ。

「させるわけねぇだろ!んな事すんのもお前だけだっ」

馬鹿な事やってないでさっさと終わらせるぞっ!

とガタンと音を立てて椅子に座る。ちなみに、一番後ろの席のど真ん中。

「ハイハイっと」

それに続いて快斗は新一の1つ前の席に座った。




会話のなくなった教室にはシャーペンを走らせる音だけが静かに響き渡る。
どこか遠くから部活の声が聞こえてくるが、静かな教室では遠い世界の事のように感じた。

時計の針が12時を指す頃まで、新一も快斗も一言も言葉を交わす事なく、無事にプリントを消費し終わった。




「んー!終わったー」

まず快斗がシャーペンを下ろし、肩をこきこきと回した。

「新一は?」
「ん。あとちょっと………よし。終わったぜ」

はぁー…と大きくため息を吐いて体をほぐす。流石に2時間も体を動かさないと辛い。

ハイっと快斗がやった分を新一に手渡した。

「さんきゅ。快斗」
「いいって。あ、そういえば新一」
「んー?」

トントン。とプリントを纏めて帰る準備。こんなところにはもう用はない。

「さっきの話。まだ有効?」
「話?」

くるっと振り返って快斗の方へ向き合おうとした…ら、目の前に快斗の顔があって思わず引いた。
や、だって…コイツ、よく見ると整った顔してるし。いきなり目の前にあると心臓に悪いというか…。

「見返り。強請ってもいい?」

うわー…こいつ、結構声低かったんだな。と改めて思ってみたり。

思わず赤くなってしまいそうな顔を無理やり冷まして、何が欲しいんだ?と聞いてみた。

「……新一の時間」
「時間?」
「そ。これから暇?ちょっと付き合って欲しいんだけど」

ニコっと笑って軽い調子で首を傾げる。

「や、別に暇っちゃ暇だけど…」

呼び出しがなかったら。

「うん。じゃあ、呼び出される前にさっさとコレ出して、早く行こうか」

教室の戸締まりを確認して、少し重い引き戸を開けた。

「俺先下駄箱行ってるから」
「おー」

互いに反対方向へ歩きだす。

付き合うって、一体どこへ行くつもりなんだ?
















「で、どこ行くんだよ?」

暑い…とはまだ言えないがそれでも少し日差しの強い中、新一と快斗は門を抜けた。

「んー?ナイショ。着いてからのお楽しみv」

そんなに遠くないから。と言ってニコニコと笑う。

新一は首を傾げながら後に付いて行った。


辺りの風景はいつの間にかあまり来たことのない所へ変わっていく。


「快斗?」
「まぁ、もうちょっとだから」

レンガ造りの花壇に色とりどりの花が咲いている。
のんびりとした道は車の影がない。今が連休中だからだろうか。

じっくりと見たことのない風景を楽しみながらのんびりと歩く。


「はい。とーちゃく」

快斗が足を止めたのはどこかファンタジックな店。

「ケーキ屋?」
「そ。新一、今日何の日か覚えてる?」
「へ?」

5月4日。何かあったか?

「あ、ちなみにホームズ関係ではないからね」
「む」

まさに言おうとしたことを突かれ、言葉に詰まる。

「今日、新一の誕生日、だろ?」
「…あ」

忘れてた。という顔を見て快斗は脱力した。

「本当に、忘れてたんだ…」
「うるせー」

口を尖らせて拗ねる新一の頭をポンポンと叩いて笑った。

「拗ねんなって。ほら、ケーキ食おうぜ?」

ちなみに、甘いものが少し苦手な新一クンのためにレモンパイの美味しい店、探したんだぜ?

と言えば新一は顔を背け、小さい声で「さんきゅ」と言った。
その小さい声を違える事無く聞き取った快斗も嬉しそうに笑った。


カランと音を立てて店に入ると落ち着いたクラシックが流されていて、色鮮やかなケーキが並んでいた。
数人いる客も快斗と新一が入ってきた事に気づいていないかのように自分たちの話に夢中になっている。

「ご注文はお決まりですか?」

綺麗に並んだケーキをしげしげと眺めていると、店員がニコニコと尋ねて来る。

それに快斗がハイ。と返事をして何かを注文し始めた。

「新一は先に席に座ってて?」
「ん」

窓側の暖かい光に照らされる場所。
そっと飾り付けられた一輪の薔薇が微かに香る。

のんびりとした店の雰囲気に新一は小さく息を吐いた。

「おまたせ」

注文を終えた快斗が飲み物だけを持ってきた。

新一にはコーヒーを。自分には紅茶を。
一口飲むと、ちょうどいい苦味が口に広がり新一は微笑んだ。

「美味しい?」
「ん」

ひょっとしなくとも、これも快斗の計算の内なのかもしれない。
新一が気に入るであろうコーヒーの味。だとしたら、快斗が美味しいと言ったレモンパイもきっと新一の舌に合うものなのだろう。

自分も紅茶にミルクを入れて美味しそうに飲んでいた。
新一とは違って甘党な快斗の事だ。砂糖も入れたのかもしれない。

「おまたせしました」

運ばれてきたのは美味しそうなレモンパイとショートケーキ。

「新一、誕生日おめでとう」
「…さんきゅ」

食べて?と促すので小さく切り取って口に運ぶ。
甘すぎず、それでもちょうどいい甘酸っぱさが口の中へ広がる。

「美味しい…」
「よかった」

ほっとしたように微笑んで、快斗もショートケーキを口に運ぶ。

「ん。美味しい」

新一も食べる?
と言って小さく切り取ったケーキをフォークに刺して差し出す。

「…甘い?」
「ちょっとね。だけど、そこまでじゃねーよ?」

少し迷ってパクッと口に入れた。
甘い、けどあっさりとしたケーキだ。

「あ、うまい」
「だろ?」

笑う快斗に新一も少しだけ切り取ってレモンパイを差しだす。
快斗は驚いたように目を瞠ったが、嬉しそうに食べた。

「美味しい、な」
「ん」

時間を忘れて、他愛のない話に花を咲かせた。

沢山の友人に囲まれて祝う誕生日より、こんな風に快斗と二人で祝ってもらうのも悪くないな…と新一はこっそり笑った。






「さんきゅ、快斗」


























end















新一、誕生日おめでとー