夏の暑さも彼岸まで。
その言葉通りに確実に気温は下がってきているようだ。最近まで暑かった窓際の席も温かい。と思えるほど居心地がいい。
そんなことをつらつらと考えながら黒羽快斗はぼんやりと校庭を見つめていた。
特に何かがあるわけではないが、授業を聞く気にもなれないし、体育の授業をしている後輩をみるというのも意外と楽しいものだ。

「快斗?」

ふと、幼馴染が隣から声をかけてきた。

「んだよ、青子」
「何よ。快斗がぼーっとしてるから声かけてあげたんじゃない!」
「はいはい」
「もう!本当、快斗最近変だよ?いつも外ばっか見てるし…まさか授業終わったって気づいてないってことないよね?」
「へ?」

言われてようやく黒板に目をやるともう日直がせっせと黒板を消していた。白い粉が頭に降ってきて嫌そうに顔を顰めている。

「え…?本当に気づいてなかったの?」

驚いた顔をした快斗に青子はさらに目を丸くして、訝しげに眉を寄せた。

「本当に快斗変だよ?授業だって寝てるかと思ったら外見てるし…話しかけても生返事だし…。風邪でも引いた?それとも、何か困ったことあった?」

心配そうな顔をする幼馴染に内心苦笑を零した。
心配をかけてしまった自分が少し腹立たしい。でも、そんなにぼーっとしているつもりはなかったのだが…。風邪か?いや、でも体に異常はない。
困ったこと…。裏稼業の方か?いや、でもそれほど困ったこともないのだが…むしろ大変なのは青子の父親の方だろう。

「恋患い…ではなくて?」

不意に青子の後ろから艶やかな、快斗にとっては何か企んでいるようにしか見えない笑みを浮かべる紅子が現れた。

「紅子ちゃん?」
「気付かないとでも思っていらしたの?」
「何の話だよ」

嫌な予感がする。
自称魔女というこの女が何をどこまで知っているのか…。
そんな快斗の心を読んだかのようにさらに笑みを深くする。

「…光に引き寄せられるのはあなただけではないのよ。頑張っているようだけど、遠回しに言っても伝わらないかもしれなくてよ?」
「………………」
「え?紅子ちゃん?何の話…?」
「なんでもないわ、中森さん。黒羽くんのことなら心配しなくていいそうよ」

精々光に惑わされないようにね?

ほほほ…と笑って去っていった。

「どうしたんだろう?変な紅子ちゃん…」

首を傾げる幼馴染にはは…と乾いた笑みを浮かべてちらっと空を見上げた。

「……光…ね」

小さく呟いた言葉は幼馴染には届かなかったようだ。

光……彼のこと…だろうな。

――…恋患い…ね。そんなに顔に出ていたのだろうか?

「……恋患い…か、確かにそう見えるね」
「え?」
「快斗がぼーっとしてる理由だよ。うん。快斗…好きな人、できたんでしょう?」

にっこりと曇りのないいつもの笑顔で笑う幼馴染に少し、胸が痛くなった。

「…………あぁ」
「そっか。どんな人?」
「綺麗な…目をしてるんだ。青くて…」
「空みたい…な?」
「へ?」
「だって、快斗いつも空みてるでしょ?」
「そうだったか?」

首を傾げる快斗に少し寂しそうな顔をした。

「……頑張ってね。快斗」
「……さんきゅ」

いつの間に自分の幼馴染はこんな風に大人びた顔つきをするようになったのだろう?













****













「キッド」

トンと小さな音を立てて寂れたビルの屋上に降り立つと同時に非常階段の方から声がかかった。

「名探偵」

衣替えはまだなのか、少し寒そうな格好をしているのに気付いた。

「風邪ひきますよ?」
「大丈夫だ」
「そんなこといってまた倒れますよ」

ついこの間も無茶をして倒れたのだ。警視庁で。

「つかなんでお前が知ってるんだよ」
「私が知らないわけがないでしょう?」

特に警視庁の情報は欠かすことのできないものですから。

「………あっそ」
「ほら、これでも被ってなさい」

そういってマントを外した。
白いマントがふわっと風に流されそうになるが、そのまま名探偵の体にかけてあげた。

「…お前さぁ…」
「何か?」
「…………いや、なんでもない」

やはり寒かったのか、マントをぎゅっと握りしめて体に巻きつけていた。

「お前はいいのか?」
「あなたよりはマシですよ」
「そっか」

さんきゅ。と小さな声が聞こえた。
わずかに頬を染めて、そっぽを向きながら言ったのだろう。

「…………」

不意に今日の昼間の会話が蘇ってくる。


――…快斗…好きな人、できたんでしょう?


「…………しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで…ってとこですか」

「キッド?」
「いえ、そんなに顔に出した覚えはないんですけどねぇ…」

女の勘は鋭い…ということなのだろうか。
いや、あの魔女は勘というべきなのかは定かではないが。

「…名探偵」
「ん?」

きょとんと首を傾げる名探偵の頬にそっと唇を落とした。

「……………………………………」
「……………………………………なんか反応ないんですか」
「……頭打ったのか?」
「そういう反応はいらないんですけどね」

まぁいいや。
鈍い名探偵に自分の思いを伝えるのは結構至難の業かもしれない。





「好きですよ。名探偵」





まずは、昼も夜も出会えるように…。


























***あとがき***
 しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで

意味:誰にも知られまいと恋しい思いをつつみかくしていたけれど、とうとう顔色に出てしまったことだ。物思いをしているのですかと、人が一ねるくらいに。

リハビリというか、久しぶりに書きました。
前に書いた百人一首とはちょっと違うような?
うーん……。