あいつを見つけたのはいつのことだったか。

その時も、あいつは空を見上げていた。









その目に映るもの








長い休憩の合間、家から持ってきた本を読むために静かな場所を探して、たどり着いたのはいつものお気に入りの場所。
ただ、その日はとても"静か"とは言えなかったが、そこにあいつはいたのだ。

大勢の仲間…いや、取り巻きと言った方がいいかもしれない。それらに囲まれてどこか冷めた目で周りを見ていた。
それすら、周りの奴等は気づいていないようだったけど。

作り物の笑みを浮かべているあいつ。
その笑顔を見て喜んでいる取り巻き。
その様子が滑稽に見えて、思わず眉を顰めた。

他愛のない雑談。その中であいつだけ一人、切り離された空間にいる気がした。
ふと、あいつの目が青い空に向けられ、表情が変わった。
その目に浮かんでいたものはそれまでと全く違う優しいもので……。

再び視線を戻したときにはもう、あの冷たいものになっていた。
まるで自分がさっきみたものは幻だったかのように…――


「ねぇ、あれ…工藤新一くん…じゃない?」

取り巻きの一人が俺に気付いたらしい。
その場にいた奴等の目が一斉に俺に向けられたのを感じた。

「あ、ほんとだ」
「やっぱ黒羽と似てるよな」
「ね、話しかけていいかな?」
「いいんじゃない?工藤くん、一人みたいだし…」

煩わしい。やっぱりさっさとここから立ち去るべきだったかもしれない。
でも、あいつが気になったのも嘘ではないのだ。

「やめとけよ」

静かな声が制した。

「黒羽?」
「あいつに迷惑だろ?それに俺はこれから用事あるし」
「えー!?ねぇ、用事って?」
「なんだっていいだろ?じゃあな」

足早に立ち去るあいつの姿を見送って取り巻き達は嘆いて溜息を吐いていた。
あの様子で絡まれたら厄介だ。
俺も開いていた本を閉じてさっさとその場を立ち去った。


歩く人も疎らで、俺はぼんやりとあいつが空に向けたあの目の意味を考えていた。
その時、目の前に1人の男が立っていた。

「黒羽…」

こっちには気づいていないのか、ただ立ち止まって空を見上げていた。
空を見上げる目は優しいものだったのに、一瞬だけ悲しいものに見えた。

「……」

くるりと踵を返してあいつに気付かれないようにその場を離れた。
邪魔になるのは嫌だし、何よりもあいつ自身が人を拒絶しているように感じた。












――…それが一ヶ月前の話。










今は一応春休みとはいえ、年度末にバタバタと忙しくなるのは仕方ない。

オリエンテーションやら健康診断。なんだかんだで大学へ足を運ぶことは少なくない。

そんな中で、食堂の隅。一人本を広げていると目の前に誰かか座った。

「よ、工藤」
「なんだ。黒羽か」

ちらっと視線を寄こしただけですぐに興味は手元の本の中の殺人事件に移る。

「つれないな。こうして毎日愛を囁きに来てんのに」
「ハイハイ」
「…真面目に聞いてないだろー」
「まぁな」

適当に聞き流すと黒羽は机に突っ伏した。
その様子を本から視線を外して観察してみる。

こいつ…黒羽快斗と知り合ったのはつい最近。
知人の知り合いの知り合いから無理やり紹介された。というのが正しい。
その時からこうしてほぼ毎日言葉を交わしているのだ。会わなかった日にはメールの嵐だ。

ちなみに、「愛してる」「好き」だとかいう冗談は出会った時から言っている。

「で?本当は何の用なんだよ」

黒羽がいれば落ち着いて本も読めない…と声をかけてやると本当に嬉しそうに顔をあげた。
…まるで犬だ。

「新一クンをデートに誘おうと思ってねv」
「…デート?」
「そ。お花見デート」
「………いい医者紹介しようか?」
「イエ、結構です…」

本気だって。と言いながら不貞腐れる顔は子供みたいだ。
こいつって、こんな奴だったか?いや、少なくとも遠くでみかけた限りではこんな奴じゃなかった。

「わーったよ。お花見だろ?」
「デートだってば」
「で、どこ行くんだよ?」

お花見スポットと言われる場所はどこも混んでいるだろう。正直、そんな場所に自分から行こうとは思わない。

「…それは行ってからのお楽しみ。ちゃんと人混みの苦手な新ちゃんのために場所は吟味してあるから安心してv」

ちなみに行くのは明日だから。

ニコニコと楽しそうに話す黒羽の頭を軽く叩いた。

「何すんだよー」
「お前なぁ…俺に用事があったらどうするつもりだったんだよ」
「大丈夫。拉致るから」
「……あっそ」

もう疲れた。いっそこの男に流された方が身も心も楽になるかもしれない。

「じゃ、今日の夜。迎えに行くね」
「は?今日?」
「日付変わる頃に。それなら人もいないし。のんびり夜桜見物できるだろ?」

二人っきりになりたいしねv
と笑った黒羽の目に少しだけあの時…空を見上げていた時の色が見えた気がした。…優しいのに、悲しい色。

「……わかったよ」
「よかった。んじゃまたね」

最後にまた『愛してるよv』と耳元で囁いて颯爽といった風に立ち去った。

「……そういうのは女にやれよな…」

不覚にも赤くなってしまった顔を本で隠して、小さく溜息を吐いた。














その日の夜。
警察に呼び出されることもなく、のんびりと自宅で過ごしていた。
ふと、時計を見上げると針はすでに12時近くを指していた。

「ったく…黒羽のヤツいつ来るつもりなんだ?」

自分で約束しておいて忘れたとか?
それとも冗談だったか。
どちらにせよ、それなりの覚悟をしておいてもらわなければ…。

そう思ったところでピンポーンと間の抜けたようなチャイムが鳴った。

「工藤ー来たよー起きてるー?」

玄関の外で黒羽の声がした。

「起きてるからあんまり騒ぐな」

何時だと思っている。
ブツブツ言いながら玄関を開けるといつものようにニコニコと笑った黒羽が立っていた。

「よかった。工藤が家にいて。んじゃ行こうか?」
「あぁ」

簡単に戸締りをチェックして鍵を掛けた。

「そういえば…なんか持ってくものあったか?」
「ん。大丈夫。酒もつまみも持ってる」

足りなかったらコンビニ行けばいいし。

「ならいいけど…で?どこ行くんだよ」
「ま、とりあえず行こうぜ」

そう言って手を取って笑った。

「……」

その顔にどこか既視感を感じた。
いつもの楽しげに笑う顔でもなく、あの空に向けた顔でもない。偽りの笑みを浮かべていた顔でもない。
知らない…でもよく知っているような顔だった。

「工藤?」
「や、なんでもない」

黒羽の隣を歩きながら空を見上げた。

こいつは、この空に何を見ていたんだろう……。











「ハイ到着」
「到着って…」

冷たい夜風が吹きつけ、夜中だというのに空の星に負けないほどの輝きを放つネオン。
そこは杯戸シティホテルの屋上だった。

「肝心の桜がねぇみたいだけど?」

当たり前だこんなところにあるはずがない。
当然の疑問を問いかけると何故か得意気な黒羽。

「じゃーん。これ、持ってきました」
「…盆栽?」

しかも桜の。小さい鉢に入った桜の木は小さいながらも花を咲かせていた。

「満開の桜も綺麗だけどさ、こういうのもいいだろ?」

小さい花を咲かせた桜は可愛らしい。
思わず微笑ましくて笑みが零れた。

「でも、なんでここなんだ?」

わざわざ立入禁止のロープを抜けてきて、盆栽で花見をするのなら自宅でもできる。

「…わからない?」
「え…?」

口元には笑みを浮かべて、でもその目は笑ってはいなかった。

「く、ろば…?」
「本当にわからない?名探偵」


――…名探偵。


どこかで聞いたような響き。
何かを揶揄するかのような言い方。

不意に空に浮かぶ月が目に入った。

「ここは…」

夜の暗闇に映える白。月の光を受けて冷涼な空気であたりを包み込んでいた。

「…キッド……?」

ここは俺は初めてあの怪盗…キッドと出会った場所だ。
思わず黒羽を見ると、笑みを深くして目を細めていた。

「正解。お前がちっさい体だった時、ここで会ったのが丁度この場所、この日、この時間だったんだよ」

黒羽=キッドだということがわかって俺の中で色々な謎が解けていった。
たとえば、たまに見せる黒羽の冷たい気配の意味。
知り合って間もないというのに自分自身があまり警戒をしなかった理由。

でも、わからないこともある。

「お前さ…」
「ん?」
「空に、何が見えるんだ?」

初めは「月」かと思った。でも、黒羽が空を見上げるのはいつも昼間だった。

「え?あぁ…知りたい?」

ニヤッと不敵に笑う。
なんとなく悔しいが、自分で考えようにも材料が足りない。

「名探偵を…工藤を見てたんだよ」
「……は?」
「ほら、だって工藤の目の色って空の色みたいだろ?」

そう言ってクイっと顎を掴まれた。じっと瞳の中を覗きこまれると居心地が悪い。というより顔が近い。

「でも、やっぱ工藤の方が綺麗だよな…宝石みたい」

似ている…と言われているが自分ではあんまり似てないと思ってるこの整っている顔が目の前にあって、鳥肌の立ちそうな気障な台詞を聞かされて…。
思わず蹴り飛ばしてしまうのは仕方ない…だろ。

「痛ってー!何すんだよっ」
「うるさい馬鹿ッ」

火照る頬を夜風で冷まして、キッと睨みつけた。

「大体、どうせバラすんなら早く言えよな」
「だってこの日じゃないと意味ないだろ?」

2人が出会った記念日に、また新しい関係を始める為に。

「新しい関係?」
「工藤さー…俺の言ってること信じてないだろ」
「は?」
「だからさ」

折角離れたというのに再び顎を掴まれて、折角冷めてきた頬も再び赤くなろうとしている。

「『愛してる』って言っただろ?何度も」

え…?
驚いて呆然と黒羽の顔を見つめると黒羽の顔がさらに近付いてきた。

「だから、これから絶対口説き落としてやるからな」

低い声で囁かれてギュッと目を閉じると何かが唇に触れた。
それが黒羽の唇だと気づいた時には既に黒羽の顔は離れていた。

「…………」

鏡を見なくても今自分の顔がどうなっているのかが分かる。
ニヤニヤと意地の悪い顔で笑う黒羽の顔を睨みつけて、盆栽の横に置いてあった酒を掴んだ。

「…飲むぞ」
「はいはい」

どうせなら酔ってしまってこいつに介抱させてもいいかもしれない。できる限り迷惑かけてやる。
そんな考えを見抜いたかのように黒羽は相変わらず笑っていたけど。

でもまぁ…

こうして2人で桜と月を眺めながら酒を飲むってのもいいかもな…。

なんて思ったことは絶対に言ってやらない。












**


メモに書いてた邂逅記念小説…です。
サイトの方に上げれなかったので…。


一応フリーだったり…?まぁ、こんなもんいらないでしょうが、持って帰る際はご連絡くださいね。
2009年4月末日までとします。

途中出てくる桜の盆栽。TVで紹介してて「いいなぁ…」と思ったので。
盆栽といえば、家の庭にある松の木…盆栽になりそうな形だ。と思ってたら盆栽を植えたものだったそうです。
盆栽って地面に植えたら普通の木になるんですね。