――……これは嘆きなのだ…













「あ!新一!次はあれみて見ようよ!」
「……」
「あ、でもあそこにあるのも美味しそうだなぁ〜…」
「…おい」
「ねぇ、新一はどれがいい?やっぱあれかなー…」
「快斗。早く移動しなくていいのか?こんなところで暢気に買い物なんてしてて…」
「大丈夫だって。奴らも俺達がまだこの街にいるなんて思ってないから」
「……」
「新一は心配しなくていいよ?あー、やっぱこれだけじゃ足りないよね?」

両手一杯の食糧とその他。これで…まだ足りないのか?

「俺は買いすぎだと思うが?」
「え?そう?でも俺的にはなんかまだ足りない気がするんだよねぇ…」
「こんなに買って金は大丈夫なのか?」
「うん?あぁ、大丈夫だよ。ほら」

どこからか取り出した財布らしきものには数えるのも疲れそうなほどの金。

「……なんでこんなにあるんだよ…」
「そりゃ俺のおかげ。旅すると色々必要になるだろ?だから俺がちょくちょく稼いでるの」
「どうやって?」
「あぁ、これだよ」

ポンッと軽い音とともに快斗の手から一輪のバラが飛び出した。

「……凄いな…」
「ありがとうvやっぱ新一に褒めてもらえるのが一番嬉しい♪」
「どうやってやっているんだ?」
「それは企業ヒミツv」

ちゃんと仕掛けがあるのだろうけど、それを全く感じさせない。そう、まるで…

「魔法…みたいだな」

差し出されたバラを受け取って小さく呟いた。
白い、まるで空から降ってくる雪のような真っ白なバラ。

「さてと、新一は何が食べたい?」
「俺は別に…」
「何言ってんの?朝からなにも食べてないのに…いざって時に体もたないよ?」
「うぅ…。なら…その保存食」
「保存食?」
「いつでも街に寄れるとは限らないんだろ?だったらそういうの買っておいた方がいいんじゃないか?」
「………ほんと、新一だね」
「どういう意味だ」
「いや?保存食ね。これでいい?」
「ん」
「あと、すぐに食べれるもの何か買っておこうか」
「うーん…」

ふと目に入ったのは何故か甘そうなチョコレート。と焼き魚。
…。微妙な組み合わせだな…。
でも、甘いものは脳の活性にはいいんじゃなかったか?いや、脳を活性化させてどうするんだ。

俺の視線に気づいたのか、快斗がにっこりと笑った。

「あ、俺チョコ好きだよ〜vケーキとか大好きvv」
「…お前ってさ、甘党だろ?」
「うん。甘いもの好きなんだよねぇ〜vv」
「なら、さか…」
「わー!!!!」

な…は?と続けようとしたらいきなりの大声で遮られてしまった。

「…酒屋に行きたいの?でも、まだ俺たち未成年だから売ってくれるかわかんないよ?」
「…………。なぁ、お前…さかな…」
「あ、あそこの肉の燻製も買っていこうか。保存食になるし」
「……」

魚、嫌いなのか。しかも名前を聞くだけで…。
ちょっと食べたかった気はするけど…。

「んじゃ、おじさん!そこのチョコケーキと肉の燻製と、レモンパイ頂戴!」
「あいよ!」
「レモンパイ?」
「新一好きだったんだよ。レモンパイ。なんか、新一食欲なさそうだから、とりあえず甘いものでも食べて落ち着こう?」
「あ…あぁ」

なんか…ちょっと嬉しいかも…。





















「うん。ここでいいか」
「いいのか?こんなところで…」
「大丈夫だって。ここなら誰かが来てもすぐに分かるし、簡単には見つからないよ」
「そうなのか?」
「ほら、食べよう?折角買ったんだし」
「…なんでそんなに暢気なんだよ」
「……心配しすぎだって」
「そんなことないと思うぞ」
「でも、そんな風に考えてくれてたんだ」
「え?」
「だって前は、色々考えてたんだろうけどあまり口には出さなかったから。いつも冷静に判断してたからね」
「そう…なのか?」
「まぁ、新一の性質はずっとそうだったんだと思うよ?」
「……」
「でも、俺に負けず劣らずポーカーフェイス上手かったからな…やっぱ新一も人並みに考えていたんだ」

嬉しそうに笑ってケーキを頬張っていた。それは、ケーキが美味しいからなのか?

「さて、んじゃ質問タイムと行きますか。何が知りたい?」
「何って…そうだな……まずは、記憶をなくす前、俺はどういう人間だったんだ?」
「どうって…新一は新一だろ?今と変わらないよ?」
「でも…」
「記憶がなくなって不安に思ってるだろうけど、それ以外は前と変わらない。何も…ね」
「……なら、俺の出身は?どこで暮らしていたんだ?」
「うーん…」
「快斗?」
「実はさ、俺詳しくは知らないんだよね。新一もあんまり過去のことは話してくれなかったし…」
「そう…か…」
「でも、俺達はちょっとの間一緒に暮らしてたんだぜ?山奥で畑を耕したりしてね」
「山奥?」
「うん。俺が暮らしてた山。そこで自給自足の生活」
「へぇ…」
「それくらいかな?俺が知ってる新一は」
「そっか。さんきゅ」
「他は?」

ケーキは完食したらしい。鞄の中をがさごそと探りながら聞いてきた。
ふと目の前のレモンパイをほとんど食べていないことに気づいた。……。欲しいかな…?

「新一?」
「あ、いや…そうだな……お前は?」
「へ?」
「お前のことが知りたい」
「だから、旅の連れだって」
「そうじゃなくて…お前はどうして旅をしていたんだ?家族は?」
「あー…うん。いる…よ?」
「なんで疑問形なんだ」
「あんまり家にいない人だったから…でも、マジック教えてくれたのは親父なんだぜ?」
「そうなのか……前の俺は、その人を知っていたのか?」
「うん。知ってたよ?親父と俺とで新一の争奪戦してたし」
「……」
「俺がちょっと目を離すとすぐに新一取ってくからね、新一は俺のなのに!」
「…………」
「あれ?新一?どうしたの?」
「いや、なんでもない…じゃあ、その親父さんは今どこに…?」
「さぁ、またどっか行っちゃったんじゃない?少なくとも、あの家にはいないだろうね」
「そう…か…」

仲がよかったのか悪かったのかわかんねぇ。でも、嫌いではなかったんだろうな。

「俺のことはこれでいい?」
「あぁ」
「あとは?」

いつの間にかさっき買った肉の燻製を頬張っている。それは保存用だって言ったのに…。まぁいっか。

「俺が記憶をなくした経緯を教えてくれ」
「え…あー…そうだよね。普通聞くよね…」
「快斗?」
「うーん…えーっと…事故だったよ…?」
「それで俺が納得するとでも?」
「あー…するわけないよね。うん」
「そんなに言いづらいのか?」
「言いづらいっていうか…まぁ…事故だったんだよ」
「だから、どういう事故だったんだよ」
「……ほら、雪が降るってことはそれなりに寒いって事だろ?なら、もちろん地面が凍ってるって事もあるわけだ」
「……」
「でさ、もしそこで転んで、頭の打ちどころが悪かったから記憶が飛ぶって事…マジであるんだね」
「…………………………………………」
「そういう理由。……解った?」
「………………………………あぁ」
「でも、仕方ないよな、なっちゃったんだから」
「……あー…」

転んでこんな破目になったのか。俺は…。

「やっぱショックだった?」
「…何も言うな」
「まぁ悪いのは凍った地面とあいつらだし…」
「あいつら?」
「あ………」
「あいつらって…さっきのか?」
「えーっと…何だっけ?」
「おい」
「はいはい。分かってるよ。言うって」
「じゃあ早く言え」
「俺たちはあいつらに追われてるんだ。だから、旅ってより逃亡してる」
「逃亡?何故だ?」
「俺の所為…かな?」
「お前の?」
「さっきさ、新一の過去は何も知らないって言っただろ?でも、あいつらは俺から新一を奪おうとしてるんだ」
「俺…を?」
「俺は…新一を奪われたくないから…だから新一と逃げたんだ。新一も付いてきてくれた」
「……なんで、俺は追われているんだ?」
「それは…新一が王族だから…」
「王族?」
「俺なんかが近寄れる相手じゃなかったんだ。でもっ…!」

突然快斗が抱きついてきた。驚いたけど…引き離してはいけない気がした…。

「でもっ…新一と離れたくない…っ…もし、新一がいなくなったら俺は…っ…」
「かい…と…」

泣いてるかと思った。でも、快斗の表情まではわからないから、そっと背中をトントンと叩いてやった。

「大丈夫だから…」
「新一?」
「大丈夫…」

何か大丈夫なのか、自分で言っていて分からなかったけど、自然と口にしていた。

「うん。ごめんね」
「お前が謝ることないだろ?」
「でも…俺が新一を連れ出したから…記憶まで失ってしまったのに…」
「俺が厄介な身の上だったのが悪いんだろ。それより、俺が滑って転んだのって…」
「あいつらが追ってきたからそれで大立ち回りした」
「やっぱり…」
「でも、あいつらが何人来たって負ける気はしないけどね?」
「だろうな」
「これが新一が記憶をなくした経緯」
「……」
「納得いかない?」
「納得いかないというか…いい加減離れろ」
「えー?いいじゃんこのままで」
「重い」
「新ちゃん言うな」
「あはは。それじゃ今後どうする?」
「サラッと流すな」
「俺はあいつらに新一を盗られなきゃ何でもいいんだけど…」
「適当だな」
「んー………でも、そろそろ限界かもしんねー…」
「何が…?」
「俺さぁ、新一は気絶してたからいいけど、寝てないんだよね…だからもう眠くって眠くって…」
「おい」
「何かあったら起こして。おやすみぃー」

ぐったりと俺に抱きついたまま寝やがった。さっきより重い…ってことはマジで寝やがったか…。
これじゃあ動きようがねぇだろ。

「にしても…結局戻らなかったな…俺の記憶は…」

快斗が信用できないんじゃないけど…でも、快斗が嘘を言ってる可能性もないわけではない。

「なんで…記憶なんて失くしたんだよ…俺は…」

俺に抱きついたまま寝息を立てて寝る快斗を動かさないように小さくため息を吐いた。

「温かいんだな…人間って…」

ぼんやりと空を見上げた。
雪は止めどなく降り続く。本当に止まることがないかのように…。

まるで、世界から切り離されたかのように辺りは静寂に包まれていた。





















「全く、相変わらず暢気な子供たちだな…一体自分たちの身の上をなんだと思ってるのやら…」

「まぁ、楽しそうなのは何よりだが…」


「一体どこまで逃げるつもりなのかな。世界の果てか…それか世界の終わりまでか…」


「ふふ…行けるところまで行ってみなさい。それで何かが変わることもないだろうけど…」


「…………さて、私はどうしようか…?」



















『んで…』

『いち…俺を…』


『嫌だ…いと…』


(何だ…?)


『一緒に…いこ…』


『快斗…っ…』


『…新一…っ…!?』


『快斗…っ…?快斗!!』







「……………………………………っ!!」

夢…?

「俺まで…寝ていたのか…」

覚えてはいない…けど…嫌な夢だった…。
一体何の夢を…?

「でも……こんなところで2人揃って寝てるとは…隠れているとは言え不用心だな…ってあれ?」

ふと自分の上に乗っかっていた快斗がいないことに気づいた。

「どこに行ったんだ?」

荷物は置いてあるって事は戻ってくる…よな。
本当にどこに行ったんだろう…













「本当に嫌な世界だな…」

「こんなに綺麗なのに…なんで…俺から光を奪おうとするんだろ…」


「あと…どれくらいで終わるんだろう…」


「こんな醜い世界で…光だけだな…綺麗なのは…あぁ、これも綺麗だけどね」







「快斗?」
「新一…」

誰もいない閑散とした場所でじっと空を見上げていた。その目は悲しそうで、許しを請うようにも見えたけど…気のせい…だよな?

「何やってんだよ。そんなところで。雪積もってるぞ?お前の頭に」
「雪…好きだから…」
「好きって…そんなに体冷やして…風邪ひくぞ?」
「それは新一もね。俺は丈夫だからいいって」
「何か……・あったのか?」
「え?何もないよ?」
「嘘吐き…」
「え?」
「なんでもない。それより、今夜の宿捜さなくていいのか?」
「あ、うん…って新一?」
「何だよ…」
「熱あるんじゃない?」
「何言って…」
「ほら、やっぱあんなところで気失ってたから…」
「平気…って何しやがるっ!」
「はいはい。宿はもうとってあるから、着いたら降ろしてあげる」

いとも簡単に俺の体を持ち上げてサクサク進んでいく。んなに簡単に持ち上げられると結構悔しいんだが…。

「俺たちに逃げる場所なんて…あるのかな…」

恥ずかしさに顔を背けていたから、小さな声で呟いた快斗の声は届かなかった。




















「降りが激しくなってきましたね…」
「白馬隊長!これ以上の行軍は不可能です!前の街まで撤退しましょう!」
「わかっています。全軍に指示を…」
「はっ!」
「全く…あと一息だというのに…この雪は一体…もう、暦では雪解けは過ぎているというのに…」

雪は止まるどころか、更に激しく降っているように見える。

「隊長!」
「どうしましたか?指示は出しましたか?」
「いえ、それが…本国からの火急の使者が…」
「本国から?」
「隊長に一刻も早くお目通りしたいと…」
「わかりました。通してください」
「はっ!」
「………」
「白馬隊長。本国からの緊急の…」
「御苦労さまです。前置きはいいですから、用件を…」
「はっ、お恐れながら国王陛下の名代として、白馬隊長に申しあげます!昨日、我が国の同盟国であるオオサカがベイカとの休戦協定を破り、ベイカへ攻め入るべく国境へ進軍しました!」
「何ですって…!?オオサカが!?」
「陛下は、我が国もオオサカに援軍を出すが、大三兵団はそのまま任務を続行せよと…」
「こんな時になにをっ…!」
「しかし…元々あの協定はいつ破られてもおかしくはなかったものだと…」
「彼がいるのに…っ…己の欲で世界を終わらせようというのですか…っ…」
「隊長…」
「これでは撤退などしている場合ではありませんね。大体陛下も陛下だ…」
「隊長…?」
「陛下にお伝えしてください。この白馬が必ず命を果たし、彼を連れて御身の元へ戻ると誓っていたと…そして…ご武運をお祈りしていたと」
「はっ!では失礼しますっ!」
「こんな時に戦争とは…とんでもない愚行ですね。全く…っ…」
「隊長?どうしたんですか?らしくないですよ?」
「幾ら隊長にとはいえ、こんな場所にまで伝令をだすほどなのですから、我が国にとっても重要な戦だと陛下はお考えなのでしょう」
「いや、違いますね…」
「は?」
「陛下は我々に彼を始末して来いと仰っているのですよ。思う存分戦ができるようにと…」
「そう…なんですか?」
「彼がいる限り安心して戦は出来ませんからね」
「・・…………」
「確かに、我が国にあの二国を抑える力はない…しかし…」
「隊長・…」
「行きますよ。一刻も早く陛下のお望みをかなえるために」
「は…はっ!」
「この戦の命運は我らに懸っていると、全軍にそう伝えてください」
「はっ」
「…………彼の力は世界の誰もが知っているというのに…しかし…私は必ず…」










―――………殺して、壊して、それでも、世界は巡り続ける……永久に……






だから、俺達は何度でも巡りあえるんだよ?新一……