煌びやかな宮廷を一人の青年が少し足早に歩いていた。
身に纏う着物は質素ながら上質なもので、漆黒の髪に瞳、整った顔立ちは見る者がため息を漏らすほどであった。

「工藤様」


背後からの声に少し顔を顰めるが、それも一瞬だけだ。
振り返れば見覚えのある顔。

「どうされたのですか、このような場所へお越しになるなんて…」

お機嫌取りの笑みを浮かべる男に内心で嘲笑する。

「いえ、特に理由はありませんよ」

そう言って小さく笑みを零すと踵を返して再びふらふらと歩きだす。

人気のないところを選びながらゆっくりと宮中を歩く。たまにすれ違う人は全て頭を下げていく。
それらを無感動に見ながら目的の場所を目指す。

「……ここなら大丈夫か」

周りを見渡すが人の気配はない。

そっと息をつき、笛を取り出した。
唇に笛をあて、流れるように音を紡ぎだした。

暫くすると背後に人の気配を感じて笛の音を止めて振り返ると白い翼をはためかせるキッドが立っていた。

「呼んだ?新一」

嬉しそうに笑うキッドの顔を見て、新一は漸く安心したように笑った。

「ん。悪いな。呼び出して…」
「俺が呼べって言ったんだ。気にするな」

そっとキッドが目を伏せると背についていた翼はかき消えた。
翼のないキッドは本当にただの人間に見える。

「ほら、来いよ。新一」

石の上に座るキッドが差しだす手に誘われるままにキッドに近づく。
新一はへたり込むようにしてキッドの膝の間に腰を下ろしてそのままキッドに凭れた。

「…きっど」
「ん?」
「疲れた」
「そうか」

皇子という立場に立たされている新一に人々は皆敬意を払い、男はご機嫌取りに、女は色目を使って新一に取り入ろうとする。
それらをかわしつつ人々の期待に応え、更に皆が望む「新一」を演じ続ける。
何度も逃げ出そうとした。自分の立場もよくわかっている。自分が人より恵まれていることも知っている。それでも、自由になりたかった。

「俺にもキッドみたいな翼があったらいいのに」

そういうとキッドはいつも困ったように笑う。
困らせたくないのに、願ってしまう。そうすれば、もっとキッドと一緒にいられるのに。

「なんで…キッドは俺と一緒にいてくれるんだ?」
「新一が好きだから。それだけじゃ理由にならないか?」

幾人もの人に、何度も言われた「好き」という言葉もキッドに言われると特別に感じた。

「俺も…好き。キッドのこと」

そういってそっと目を閉じた。
キッドの体温、鼓動、ぬくもりを感じる。この時間が一番好きだ。唯一気を抜いていられる時間。

「少し眠るか?」
「ん…」

優しいキッドの声にゆっくりと眠気が襲ってきた。

「おやすみ、新一…」

頬に触れる暖かい感触を最後に、新一は意識を手放した。

「いい夢を。愛してるよ、新一」

今までも、これからも。永遠に…










***








自分を呼ぶ声に新一は目を覚ました。自分を包むキッドを見上げると苦笑していた。

「わりぃ…」
「いいよ。それより、呼ばれてるぜ?」

新一は体を起こすとぎゅっとキッドの首に抱きついた。

「本当、ごめん。用が済んだら…また来てくれる…?」

小さな囁きにキッドは穏やかな笑みをこぼした。

「もちろん。新一のお呼びとあらば、どこへでも馳せ参じますよ」

新一の額に軽く唇を落とすとキッドは姿を消した。
新一は少し赤くなった頬をペチペチと叩いていつもの顔を取り繕った。

帝の息子である「新一」を演じるために。










「新一」

突然呼び出された新一は黙って拝した。

「何か、御用ですか。帝」

小さな溜息が聞こえてきそうだ。実際、御簾の向こう側では悲しそうな顔をした新一の父親がいた。

「下がりなさい」

取り囲むように座っていた臣下たちに言い渡し、新一に顔を上げさせた。

「久しぶりだな。新一」
「そうですね」

どこか硬い表情をする息子をみて、心が痛まないはずがない。
それでも、自分の立場と息子の立場を思えば仕方がない。

「お前に縁談の話がきている」

新一の表情に変化はない。

「もちろん、一つや二つどころではないが…どうする」
「……少し、考えさせてくれませんか?」

一夫多妻制ではないのこ時代、一人の男が幾人もの妻を持つことは当たり前とされてきた。それが位の高い者となればなおさら。
更に帝の息子である新一もいずれは帝となる身である。早くて困ることはないと言わんばかりにその手の話はいつものように舞い込んでくる。
新一が誰かの元へ通っているという話を聞かないところからしておそらく意中の人はいないのだろう。しかし、新一はいつでも同じ答えを繰り返すのだ。

「そうか。何かあったら、いつでも私のところへ来なさい」
「はい」

それでも、何が起こっても新一は父親のところへは来ない。

「…私は、帝である前に新一の、父親であるんだよ」
「…はい」

小さく頭を垂れると新一は出て行った。

「……有紀子」

自分が唯一愛した人の息子である新一。可愛いに決まっている。
しかし、彼の幸せばかりを優先することも出来ない。

本当は、新一にはいつでも笑っていてほしいのに。

もう何年も新一の心からの笑顔を見たことがないのだから。
























続く




***


この二人まだ恋人じゃなかったり。(笑
新一さんの「好き」はlikeだと思います。