元々、そういう気持ちはあったんだと思う。
だから…

始まりはほんの些細な事。
それは今の関係を壊すのに充分だった…。








恋の始まり月曜日









耳が痛くなる程の静寂。
少しでも揺れたらドミノのようにバタバタと倒れそうなほどの本棚で埋め尽くされている。
大学の校舎群から少し離れた場所に建つ、図書館。
様々な学科がある所為か、その蔵書量はその辺の大学の比ではない。
天上まで届く本棚は1人が通れるほどのスペースを開けてズラッと並んでいる。

「ったく、こんなにあっても実際使う本みたい限られてるのになぁ…」

ぶつぶつと文句を言いながら本棚と睨めっこしている青年が1人。
少し埃のかぶった本の選別をしているところだった。

レポートでも書くのか、既にその足元には数冊の本が重ねておいてある。
ふと上の方を見てみると探していた本が見つかった。
高いところにはあるが、届かないわけではない。
まず踏み台を持ってくるのが面倒だ。
元々背の低い方ではないが、ほぼ天上近くにある本。そう簡単に届くはずもなく、軽く背伸びをして漸く手が届いた。

「もう…ちょっと……」

取れた!
と思ってそのまま引き抜いてみた……ら。

ドサドサドサ……

…その辺一帯にあった本が全て快斗めがけてまとめて降ってきた。
文庫本なわけがないので、ハードカバーで無駄に分厚い本が、だ。

「……マジかよ…」

泣いていいだろうか。
というか、最後に降ってきた辞書ほどに分厚い本が頭に当たったのが一番痛かった。

クス…

放心していると、どこからか小さく笑う気配がした。
…誰かに見られたのか……。
大きく溜息を吐くと声のした方を見てみた。

「あ、わりぃ」

………そこにいたのは工藤新一だった……。








工藤新一。
工藤優作、有希子夫婦の1人息子としても有名だが、それよりも有名なのが探偵としてだ。
高校生探偵、警視庁の救世主、東の名探偵、迷宮なしの名探偵。
様々な呼び名があるが、分かる事は彼が高校生でありながら『名』が付くほどの探偵だということだ。
しかし、今は大学生。それでも探偵としての能力は落ちる事はなく、メディアには出なくなったとはいえ、その知名度は落ちる事がない。
ここ東都だけでなく、日本はもとより世界中の警察がお世話になっているのだ。
警察に、ではなく警察が、である。
もっとも、世界にまで広がったのは世界規模で活動していたあの組織が影響しているからだろう。
その事実を知っているのは極僅か。
彼が組織を追う原因を知れば、同時に彼が『コナン』と名乗っていた事も知る事になる。
『工藤新一』=『江戸川コナン』
周りに被害が及ばないように、と彼の周りにいる人々でも知っている者は少ない。
その数少ない「彼」の秘密を知ってる一人、それが俺、怪盗キッドこと、黒羽快斗だ。
もっとも、彼自身は黒羽快斗が知っていた事なんて知るわけがない。
何しろ、黒羽快斗としては今、初めて出逢ったのだから。

「えっと…手伝おうか?」
「ハハ…ごめん。お願いします」

足元に落ちていた本を一冊拾うと、苦笑しながら数冊拾った。
それを受け取ると、今度はちゃんと踏み台を引っ張ってきて丁寧に並べて入れておいた。

「あれ…その本……」
「ん?あぁコレ?」
「その続編、ここにないだろ」

工藤が指差したのは快斗が手にしていた一冊のシリーズ本。
続きがないのは誰かが借りているからだと思っていたが……。

「へ?そうなの?」
「確かなかったはずだぜ」
「うーん…どうしようかな…」

この本は手に入れるのが難しい。
どうしたものか…と考えていると躊躇いがちに声を掛けられた。

「あの…よかったら、家にあるけど…?」
「……そうなの?」
「今度持ってこようか?」
「え、でも…」
「俺は別に構わない。これも何かの縁だろ」
「ありがとう。あ、俺、黒羽快斗」
「工藤新一だ。よろしくな」

ふわっと笑う顔が少し眩しくて、目を細めた。

「工藤さんはこれから暇?」
「新一でいいぜ?暇っていっちゃ暇だな」
「んじゃ新一、これから飯でも食いに行かない?」
「ストレートだな」
「ま、いいでしょ。デートって事でv」
「何がデートだ」

クスクスと笑うとくるりと身を翻した。

「え?」
「行くんだろ?まさか誘っといて食堂とか言わないよな?」
「ハハ…」

ちょっと図星だったりする。

「で?どこに行くんだよ?」
「そうだなー…なんなら俺の手料理でも食べる?」

にっこりと笑って言うと、胡乱気な視線で返ってきた。

「お前が?」
「結構得意なんだぜ?母子家庭だしな」
「ふぅん…」
「ま、とりあえず俺の手料理はまたにしておいて…近くにラーメン屋があるけど、そこでいい?」
「おう」

頷く新一を見た快斗は不意にすっ…とその場で膝をついた。
多少汚れるかもしれないが、ここは一応絨毯だ。気にする事でもない。

「では、参りましょうか?」

恭しく手を差し伸べて新一を見上げると、驚いたのか少し目を見開いた。
しかし、それも一瞬の事でニヤッと笑って快斗の手を取った。

「行くって言ってもラーメン屋だけどな?」
「それもそうか」

新一は快斗をそのまま引っ張って立ち上がらせた。
ほぼ同じ高さに顔があることに気づいて思わず、ぷっと互いに顔を見合わせて笑った。

「混み始める前にさっさと行こうぜ」
「そうだな」






****





「もう、食えねぇ…」

量と味が売りのラーメン屋を出て新一は小さくため息を吐いた。

「新一って小食?」
「うーん…そうなのかな?お前は結構食べるよな」
「普通だと思うけど…」
「そうかぁ?あ、雨降りそうだなー」
「へ?」

そういって空を見上げると空はすっかり暗くなっていた。

「ありゃ、本当だね」
「……快斗は明日用事あるか?」

二人して空を見上げてると不意に新一が快斗の方へ向き直った。

「いや、別にないけど…なんで?」
「ちょうど俺明日暇だし、もし快斗が暇なら…明日俺の家の本借りてくか?」
「え…」
「明日なら確実に時間作れるから…あ、快斗が忙しいなら別の日に俺が持ってくけど?」
「い、行く!って…いいの?」
「俺の予定はいつも不規則だからな」
「ありがとう、新一」

にっこり笑ってお礼を言うと、新一も笑顔を返してくれた。
その笑顔が眩しくて少し目を細めた。



その後、連絡先だけを交換して別れたのだが、またすぐに新一を会えるとだと思うと嬉しくなった。

にしても、思いかけず彼と出会うことになるとは…。
同じ大学なのは知っていたからいつかは声をかけてみようかとは思っていた。
でも、俺は『怪盗』だから…。

彼が俺の正体を知ったらどうするのだろう?

同級生だったあの探偵と同じように俺を捕まえようとするのだろうか?
それとも興味すら持ってもらえない?

まだ、彼が幼い姿だったあの頃…
ギリギリまで俺を追い詰めて、あの奇麗な瞳でまっすぐに見つめてきた彼の存在が…誰よりも俺を高揚させた。
それは元の姿に戻っても変わることはなかった。
全力で戦える唯一の存在。
それでも、彼が積極的に俺を捕まえようとする事はなかった。
偶然に出会った時はもちろん現場に参加してくれる。
でも、それ以外ではないのだ。
泥棒だから興味がない…?
それとも…俺だから……?



気づいたら白い結晶が空から降ってきた。



いつからだろう…

今日から?

そんなわけがない。

多分…もう、覚えていないほど前から……





――…俺は新一が好きなんだ……









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―――――
**あとがきという名のぼやき**

いつから季節を冬にしたのだろう…

別にいつでもいいですけどね。
って事でお題に挑戦!ちゃんと終われるといいな…