自分の想いに気づいてしまったから
この想いを止める術を忘れてしまったのかも知れない……。
もっと知りたい火曜日
『おはよう。今駅にいるけど…行っても大丈夫?』
『おはよう。うーん…あ、場所わかるか?』
『大体の位置なら…でも、確かじゃないからどこか目印になるような所があれば教えてくれると嬉しい』
『じゃあ…駅で待ってろ、迎えに行くから』
『え、いいの?』
『ちょうど今外に出てんだよ。あと10分くらいで着くから待ってろよ』
『了解v』
パチンと小気味のよい音を立てて携帯を閉じた。
時計を見ると12時近く。
この時間に外に出ていたとなると…やはり警視庁にでもいたのだろうか?
改札口の前にある冷たい柱に寄り掛かってぼんやりと目の前を横切る人々に目を映した。
忙しなく動き回る人々。
そんな中で一人だけ時間が止まったような錯覚に襲われる。
それでも、新一を待つことができるだけでこんなにも嬉しいのだ。
「あー早く来ないかなー」
新一に早く会いたくて、不意に零れた言葉にどんどん貪欲になっていく自分の気持ちに気づいて苦笑が零れた。
「快斗!」
待ち焦がれていた声に顔をあげると新一が走ってくる姿が目に映って思わず笑みが広がるのを感じた。
「わりぃ」
乱れた呼吸を整えている新一の瞳が少しだけうるんでいるのに気づいて少しだけ目をそらした。
「そんなに待ってないから大丈夫だよ」
「そうか?」
最後にふぅと大きくため息を吐いて顔をあげ、髪を掻き上げて汗を拭った。
「じゃ、さっさと行こうか?」
「うん。そうだね」
一刻も早くここを立ち去った方がよさそうだし。
色気を垂れ流す新一に見惚れている人間に目をやると自分の体で新一を隠す。
急に動き出した快斗に訝しげな視線を送ったのに気付いたが、気にせずにさっさと歩きだした。
「お昼ご飯食べた?」
「いや…食べてない」
「俺も食べてないんだけど…どうしようか?」
「どっかで食べてくるか?」
「うーん…どこも混んでる気がするんだよねぇ」
今はちょうどお昼時。どこも混み合ってるだろう…。
「とりあえず新一の家にお邪魔していい?昨日言ってた俺の手料理披露するよ」
「いいのか?あ…でも……」
「うん?」
「家、材料になりそうなのないぞ?」
「そうなの?じゃ、途中で買ってこようか」
「わりぃな」
そう、確かに材料はないと言っていた。でも、まさか…あそこまでだとは思ってなかった……。
***
「……あの…新一さん」
「………だから何もないって言っただろ?」
「確かに言いましたけどね、ここまで何もないとは思ってませんでしたよ?」
目の前には立派な冷蔵庫。
問題はその中身だ。
入ってるものといえばスポーツドリンクと調味料くらいで全くと言っていいほど食糧が入っていない。
切らしたとは思えない。
「ちゃんと食糧買ってきてよかった…」
切々にそう思う。
一体どんな生活してんだ…この人は。
「ちなみに、朝ごはんは?」
「…食べてない」
「……じゃあ、昨日の夜は?」
「えっと……コンビニの弁当…?」
「………マジでどんな生活してるんですか?」
「………」
「料理ができない…とか?」
「それはない。一応一人暮らし歴は長い」
「ならなんで作らないのさ!」
「や、だってさ…ひとり分作ってももったいないっていうか…正直面倒…」
視線を泳がせて快斗の目を見ない新一をじっと見てやると居心地の悪そうな顔をした。
はぁ…と大きくため息を吐いて苦笑するとまるで捨てられた子犬のように所在なさげにしていた新一が顔をあげた。
「とりあえず何か作るよ。ちょっと多めに買っておいたし」
「さんきゅ」
「腕を振るうから楽しみにしててよ」
「おう」
使いやすそうなキッチンに立って快斗は一人笑みを浮かべる。
しっかりしてそうなあの探偵がどこか抜けていることがおかしくて、無防備な笑顔を向けてくれることが嬉しくて。
そっとリビングで本を読みふける新一に目をやる。
綺麗な蒼い目をきらきらを輝かせて本を見つめる。
少しだけ嫉妬しそうになるが、その姿を微笑ましく思ってまた笑みを浮かべた。
今この瞬間が奇跡のようで、現実であることが嬉しい。
本来ならあり得ないはずなのに…。
でも、彼に自分の正体を話していない事が唯一の心残り。
本当のことを言ったら、新一は俺を拒絶するかもしれない。
そんな考えを捨てることが出来なくて、結局言い出せない。
自分のテリトリーに入られることを嫌う彼が昨日会ったばかりの自分を家に入れたということは、ひょっとしたら気づいているのかもしれない。
いや、でも…怪盗を家に招くだろうか?
そんなことを考えながらも手はどんどん作業を進めていく…。
その匂いにつられたのか新一がひょっこりと顔を出した。
「快斗ー?」
「へ?あ、何?」
「いや、旨そうだなーって…何作ってんだ?」
「んーっと、スープスパとサラダv」
「へー」
「あとちょっとで出来るから待っててね」
「ん。なんか手伝うことないか?」
「うーん…じゃ、お皿だしといて?」
「わかった」
どこかウキウキと食器棚に向かう新一を見て小さく笑った。
「なー快斗ーこれでいいのか?」
「うん。ありがとう」
新一が出してくれた皿に丁寧に盛り付ける。
新一はその様子をじっとみていた。
「本当に料理できたんだなー」
「まだ疑ってたの?」
「いや、正直ここまで出来るとは思ってなかった」
「なんならこれから毎日作ろうか?」
「や、悪いし」
「新一が頼んでくれればいつでも作りにくるよー」
冗談交じりに言ったがこれは本心。
新一に逢いくる口実をいつも探しているのだ。それになにより、自分の手料理を新一に食べてほしいし…。
「ま、ともかく食べよ?」
「そうだな」
少しだけ運ぶのを手伝ってもらって新一と一緒に食べた。
いつもは自分で作っても何も感じないのに、新一が目の前にいるだけでとても美味しく感じるんだ。
「美味しい」といって笑う新一の顔はとても綺麗で思わず見惚れてしまったのは仕方がないだろう。
本当に、いつでも新一の傍にいられたらいいのに…。
自分の立場も、新一の立場も関係なく本当の俺のままで出会えた奇跡には感謝してる。
でも、やっぱりもっと、もっとと貪欲に新一を求めてしまうのだ。
もっと新一の傍にいたい。
もっと新一に近付きたい。
もっと新一の事が知りたい。
きっかけは偶然だったけど、もう少しだけ君に近付いてもいいかな…なんて思ってしまうんだ。
***
「これだよな?快斗が探してたのって」
「あ!ありがとー!」
大事な本をぎゅっと抱きしめると新一が呆れたように笑った。
「別に本は逃げないぞ?」
「んーだって新一が貸してくれた本だし」
「なんだよそれ」
クスクスと笑って自分も本を開けた。
「ここで読んでくんだろ?」
「うん。ありがとう」
「ま、コーヒーは自分で用意してくれ」
「はは…了解しました。新一も飲む?」
「うーん…じゃ頼むよ」
「おっけ」
インスタンドではなくてちゃんと豆を挽くらしく豆の袋の中で一番減りが多いのを取り出してコーヒーを淹れる。
コーヒーの香りが辺りを包み、自分の分にはミルクと砂糖をたっぷりと入れた。
「お待たせ」
「お。さんきゅ」
集中しているのか返事はするものの顔は上げない。
自分も読もうと反対側のソファーに座る。
時計の針の音だけが静寂を破っていた。
***
カチという音の後、5時を知らせる鐘の音で漸く快斗は視線をあげた。
「もう、こんな時間か…」
新一を見るが、全く気付いた様子はない。
そろそろ帰ろうかとソファーから立ちあがると新一も気付いたのか視線をあげた。
「もう帰るのか?」
「うん。5時だしね。あんまり長居すると悪いし」
「別に構わないけどな…」
「これ、借りてっていい?」
「いいぜ」
「ありがとう」
そそくさと帰る準備を済ませた。
「あ、新一」
「ん?」
「夕飯ってどうするつもり?」
「あー……」
「だろうと思ったよ。冷蔵庫に入ってるの温めて食べてね。じゃ」
「おう。さんきゅな」
玄関までわざわざ見送りに来てくれた新一にもう一度だけお礼をいうと、ご飯美味しかったと笑顔で応えてくれた。
少し名残惜しい気はするが、友人である自分がいつまでも長居するわけにはいかないから…。
それに、ずっと居ると離れられなくなる気がしたんだ。
…もっと新一のことが知りたいのに…知ってしまったらもっと貪欲になってしまいそうな自分がいる。
これ以上ないってぐらいに新一のことが好きなのに、これ以上知ったらどうなってしまうんだろう?
でも、せめて……傍にいることだけは…許してくれるだろうか……
next
―――――
****あとがき****
まだ二日目。