誰にも邪魔はさせない。
それが二人でいる時なら尚更。
だからさ、消えてくれる?
ライバル出現水曜日
1月の半ば。
一昨日雪も降ったというのに天気は快晴。
季節を忘れてしまうほど暖かな日だ。
単位取得の為か、どこか慌ただしい大学構内で一人のんびりと空を見上げる青年。
「いい天気だねぇ……温暖化の影響かなぁ……」
快斗はどっかの中年のおじさんのように独り言を呟いた。
「お前は呑気なものだな」
不意に後ろから聞こえた声に慌てて振り返ると珍しくメガネをかけた青年。
「新一!おはよー」
「はよ。っていってももう昼近いけどな」
「うーんもうそんな時間か…」
時計を見て苦笑する快斗を見て新一も小さく笑うと快斗のすぐ隣に座った。
「暇だったのか?」
「暇っていうか、ちょっと仕事してた所為かな?疲れた」
「へぇ」
まぁ、仕事って言っても裏稼業。つまり怪盗の仕事なんだけどね。
そんなことを言えるわけがないので心に留めておく。
この鋭すぎる探偵相手では何がきっかけでバレるかわかったもんじゃない。
「俺もちょっと疲れたな」
「新一もお仕事?」
「あー…仕事っていうか…」
「くどー!!」
どこか聞き覚えのある関西弁。
新一が眉を顰めたのをちらっと見るとどうやら疲れた原因は彼らしい。
さり気無く振り返ってみるとやはり見覚えのある黒い人。
西の高校生探偵と呼ばれた服部平次が新一に向かって走り寄ってきた。
「いきなりいなくなりよったと思ったらこないなトコにおったんかい…って誰や?」
「普通聞いた方が先に名乗るものじゃない?」
「なんやコイツ。まぁええわ。ワイは工藤の親友の服部平次っちゅうもんや」
「いつから親友になった」
「何ゆうてん。工藤がコナ…」
「服部」
言葉を続けようとした服部を咎めるような声で新一が黙らせた。
服部は一瞬訝しげな表情をしたが、漸く自分が言おうとしたことに気づいたのか真っ青になった。
「あ、ちゃう。えっとなぁ」
「昔からの知り合いなんだ?」
もちろん服部が何を言おうとしたのかはわかっている。
それが人には言えないことも。
でも、それを知ってるのは『キッド』だから俺は何も知らない。
「え、あ…ま、まぁそんなとこや。ところでお前さんは?」
「俺?黒羽快斗」
よろしくね。とにっこり笑ってやると服部は少し驚いたような顔をした。
「何?」
「いや…あんさん工藤とよう似とるなぁ」
「そう?」
新一の顔を見てみるとどこか不機嫌そうな顔。
服部が言おうとしたことまだ怒ってんのか?
…いや、なんか…怒ってるっていうか……拗ねてる?
「新一?どうかした?」
「別になんでもない。それより服部、なんの用だよ」
「おお、そうやった。一緒に飯食いに行かへんかって…」
「わりぃな、黒羽と約束してたんだ。それだけならもう行くぜ」
そういって立ち上がると快斗をひっぱってさっさと歩きだした。
「ちょ…工藤!」
「ごめんね、そういうことだから」
牽制の意を込めてにっこり笑って手を振ってやった。
まぁ、新一も嫌がってるし。と言い訳を自分の中でして。
その意味に気づいたのか服部が悔しそうに睨みつけてきた。
「新一、行こ?」
見せつけるように新一の肩に触れるとビクッと揺れたように見えた。だがそれも一瞬のことで大人しくされるがままになった。
「あ、快斗」
「ん?」
「葉っぱ付いてる」
そういって俺の髪に触れた。
いつもは遠いところにある新一の顔がすぐ近くにあって、新一の吐息が感じられて…。
目の前がクラクラしたような気がした。
「取れたぜ」
「あ、ありがとう」
にっこりと笑って葉っぱを見せてみる新一の笑顔が綺麗でそのまま手を伸ばしそうになった。
「しんい…」
「お前らなにしとんねん!!」
ベリっと音でもしそうな勢いで新一と引き離された。
「まだいたのか服部」
「まだって……それよか黒羽!」
「何?」
「今工藤に何しようとしたんや!」
「は?別になにも?」
「ってか俺は葉っぱとってやっただけだし」
悪いか。と妙に偉そうに言ってのける新一。
「そうやない!ええか工藤、黒羽に近付いたらあかん!」
「何勝手に人聞きの悪いこといってんのさ」
「ええから、工藤は黒羽に近付いたらあかん!」
「…………人の友達捕まえててめぇは何言ってんだ?」
ドスの利く低い声。
恐る恐る新一の顔を覗き込んでみると……そこには悪魔がいた。
いや、悪魔というよりは鬼か。
「てめぇが俺の交友関係でさえ邪魔しようとするのはよーくわかった」
「ちがっ…」
狼狽する服部を無視して新一は「犯人はあなたです!」というように指を服部に突き出した。
「これから少なくとも一週間。俺に近付くんじゃねぇ!」
最後ににっこりと天使のような笑顔で笑って見せた。
「あぁ、もちろん。ちょっとでも姿をみせたら即行灰原の試験体になってもらうからな。
覚悟しとけよ」
そういって今度こそ立ち去る新一を追いかけた。
後には真っ白な灰になった服部が残されただけだった。
***
「新一」
慌てて新一に追いついて肩を掴むとまたビクッと肩が揺れた。
「あ、わりぃ快斗。気ぃ悪くしなかったか?」
「へ?あぁ、服部のことね。大丈夫だよ?気にしてないし」
「そっか。でも、ごめんな」
本当に済まなそうな顔をする新一に笑顔を向けると新一の横に立って歩き出した。
「俺のことはいいんだけどさ。新一こそどうかした?」
「え?」
「なんか様子がおかしい気がしたんだけど…」
「そ、そうか?」
「俺の気のせいならいいんだけどね。でも、本当に大丈夫?」
「俺はなんともな。ちょっと腹が立っただけだし」
「ならいいんだけど」
少しだけ。
俺だからこそ気づけるような些細なことだが、新一が動揺しているように見える。
何故だかは話してくれないけど…。
俺だから話せない?
完璧なポーカーフェイスに隠された新一の本音がわからない。
焦らなくていい。
そう言い聞かせているのに上手くいかないのだ。
どうも新一が絡むといつもの自分として振舞うことができないようだ…。
「それで、どうする?」
「へ?」
「服部にはああいったけど、快斗に迷惑かけたよな…わりぃ」
「そ、そんなことないって!折角だからどっか行こ?」
「いいのか…?」
「新一こそ、3日連続で俺といていいの?なんか用事とか…」
「夕方には警視庁行かなきゃならねぇけど…それ以外は特にねぇよ」
「じゃ、また服部が来ると厄介だし、行こうか」
「ん」
漸くいつもの新一に戻った気がして安心した。
「あ、そうだ…一つ聞いていい?」
「ん?」
「服部ってこの学校なの?」
何気なく聞いたつもりだったがちょっとマズかったかもしれない。
それまでは普通に戻っていたのに新一が凄く嫌そうな顔をしていたのだ。
「まぁな。学部は違うけど」
「へぇ。だから俺も見なかったのか」
「……気になんの?あいつのこと」
「へ?なんで?」
「いや、なんか気にしてるっぽいから…」
プイっと横を見て目を逸らす新一。
明らかに拗ねている…。
………まさか…新一は服部の事が……?
自分の辿り着いた考えにショックを受けて思わず立ち止まってしまった。
「快斗?」
不審に思った新一が訝しげな表情で快斗を見ている。
「えっと…新一……服部の事…好きなの?」
「はぁ?」
「え、あ…いや…その……」
「んなわけねぇだろ!それに服部は快斗のことが気になってたみたいだし…」
「それこそないだろ!つーか今会ったのが初めてだし!!」
「いや…一目ぼれってのは存在すると思うぞ?」
「それでもない!」
心外だ。という表情で言えば新一も納得してくれたのか少しほっとしたような顔になった。
「でもさ、快斗はそういうのダメなのか?」
「そういうのって…同性愛?」
「まぁ、普通は嫌だよな」
「ってことは新一は大丈夫なんだ?」
「まぁ海外暮らしもあったし…親父とかお袋の知り合いにもそういう人はいたからな」
「へぇ…あ、俺も大丈夫だよ。偏見ないし」
っていうか、俺自身が同性愛者のようなものだ。
ま、新一だけだけどね。
それを悟られたくはないが、新一が偏見を持っていないのは少し良かったかもしれない。
偏見を持っていないのと実際そういう気持ちを受け止めれるかどうかは別の話だが。
「…まぁ、俺も一回だけ男に迫られたしなぁ…」
「へぇ……………って、えぇ!?」
小さな声で付け足されたセリフに思わず叫んでしまった。
周りにいた何人かが俺達の方を見た気がしたが気にしない。それよりも今の言葉だ。
「いつ、誰が!?」
「なんで快斗が熱くなってんだよ…」
「いいから!嫌じゃなかったら教えて」
「高校生の時に一回だけな。もちろん知らねぇヤツだったし…丁重にお断りしたけどな」
「そう…なんだ…」
俺が同じ学校だったらそんな事させないのに…!
というよりは新一にそういう気持ちを持ってたヤツなんて一人や二人ではないはずだ。
第一、あの新一が戻ったときの男どもの反応…ぜってぇあいつ等新一の事狙ってただろ!!
「今はそんな目に遭ってないよね?」
「当たり前だ」
「今度迫られたりしたら言ってよ?俺が撃退してやっから」
「なんで快斗が……まぁ、さんきゅな」
新一は何故か必死な快斗に苦笑を洩した。
「そういえば…新一はないって言ってたけど…あっちにはそういう気持ちあったのかも」
「?何の話だ?」
「服部だよ。あの態度から言って新一狙いなんじゃない?」
「げ。マジかよ…」
「まぁ、ただの憶測だけど…。でも、俺の勘はよくあたる」
「……お前の勘が外れることを祈っておく…」
「念のために用心はしてよ?何かあってからじゃ遅いから…」
「快斗に助けを求めればいいんだろ?」
にやりと笑う新一に自分がさっき言ったばかりの言葉を思い出した。
「すぐ飛んで行ってやるからな?新ちゃんv」
「だれが新ちゃんだ!」
クスクスと笑いあっていつの間にか辿りついていた食堂に入る。
顔が似ている所為か二人で歩いていると他人の視線をいつもより感じる…。
服部にも言われたが、俺達は本当に顔が似ている。それこそマスクをつける必要もないくらい簡単に変装できるほど。
調べたところでは身長もほぼ同じらしい。違うといえば髪と目くらいか…。
ま、俺は新一ほど色っぽくもないけどね。
適当に周りの視線を受け流して席を見つける。
都合よくあまり人の目を感じない席だ。
目の前にいる新一と一緒にいることができる。
そんな幸せを感じながら穏やかに笑うことができる。
……ただ、新一を狙ってるヤツらには気をつけないとな……
俺の想いは叶うことのない想いかもしれない。
でも、他の男に奪われるのは癪だ。
俺は邪魔するヤツに容赦しねぇぜ?
next
―――――
***あとがき***
ライバルの相手を誰にするのか悩んだ結果服部さんに…。
私も2人の間を邪魔するヤツは許しませんよ(笑