拒絶されるかもしれないと思うと怖かったんだ。
だって、俺と君は世界の違う人間だから…。
それでも、俺は…
君のことが好きなんだ…。
前向き前進金曜日
「っ…結構深い…かな?」
真っ赤な自分の血が白い衣装を染める。
油断した。
今回は昼間だし、下見だけだと侮っていたのが仇となったらしい…。中りをつけていた数人の組織の人間が張り込んでいたのだ。
「ホントに…しつこいよな…っ…」
少し体を動かしただけで痛みが全身を駆け巡る。
このくらいで倒れるわけにはいかないのに、目の前がだんだんぼやけてきはじめた…。
神経を集中させて辺りを伺うが組織の人間らしい気配は今のところない。
上手く捲けたのだろうか…?
ふと、どこからか聞きなれたサイレンの音が聞こえた。
「…あぁ、警察が近くにいたから逃げたのか…」
最後の最後で運は俺の味方をしてくれたようだ。
都合のいい時だけに信じる神に感謝してみる。
「あー…でも、血が足りねぇ…」
本格的にフラフラしてきた。
組織の人間はいなくなったとはいえ、まだ近くには警察がいるのだ。気を抜くわけにはいかない。
それでもドクドクと止まることなく血は流れ続けた。止血をしているのに……結構深いのかもしれない。
「死にたくは…ないよな…」
まだ志半ばなのだ。
自分の夢も、キッドとしての目的も。
それに……
「せめて…最期はアイツの近くにいたい…かも…」
それこそ叶わぬ夢だ。
そう、永遠に…。
不意に人の気配がした。
まだ、見つかるわけにはいかないのに…!
ゆっくりと気配を感じさせないように隠れる。もし、組織の人間が残っていたのなら…自分の命はもうないだろう。
警察だったとしても似たようなものだ。少なくとも『黒羽快斗』としてはもう生きていけないだろう。
「キッド……?」
気配から発せられた声に思わず息を飲んだ。
だって…その声は自分がもう二度と聞くことのできない声だと思っていたから…。もう二度と姿を見ることもできないかもしれないと思っていた姿だったから…。
「名…探偵……」
だから…言葉を発してしまったのだ。
今更後悔しても遅い。
「そこにいるのか?」
ゆっくりと気配がこっちへ近づいてくる。
逃げ場はない。逃げる体力も残っていない。
それでも、彼にこんな姿を見せたくはないので薄暗くなった場所へ、光から隠れるように身を置いた。
「お久しぶりですね…名探偵。私を捕まえにきたのですか?」
「……………怪我をした鳥が落ちた所を偶々見ちまってな…ったく、運がいんだか悪いんだかわかんねぇよな」
「それは…どういう意味でしょう?」
「怪我、してんだろ?しかもかなり重症だな」
「………」
「そこで野垂れ死にたいなら俺は見なかったフリをしてここを去るけどな」
「め、いたんて…」
ヤバい。意識が朦朧としてきて自分の力では立てなくなってきていることに気づいた。
「キッド?」
不審に思った新一が一歩だけ前に進む。
これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかないのに…。
「すい…ません」
それだけを言い残して俺はその場で意識を失った。
「キッド!」
そう彼が叫んだことも気付かないまま…。
****
頭が割れるように痛い。
いや、頭よりは腕の傷口の方が痛いかも…。治療しなきゃなー…銃創って結構面倒なんだよね…。
そんなズレたことを考えながらゆっくりと目を開ける。
「………?」
ここ…どこ?
見たことのない天井。来たことのないような部屋。
「…………ああ、そうか」
俺は名探偵に拾われたんだ。
「………!?」
何を暢気に居座り続けているのだ。俺は。
早く彼の前から姿を消さないと迷惑をかけることになるのに、第一俺が『黒羽快斗』と知られるわけにはいかないのに…。
軋む体を無理やり動かそうとするが思うように動かない。手はおろか、頭すら動かないのだ。
「っ…」
「……何やってんだ。怪我人」
必死に体を動かそうともがいていると不意に聞こえた声。
「めい…たんて…」
「悪運の強い奴だよな。ま、人のこと言えねぇけど」
のんびりとキッドに近づくと額の上に乗っていたタオルを取り払い、新しいタオルをぞんざいに額に乗せた。
「銃創って熱結構出るんだな。かなり魘されてたぞ」
ヒヤッとしたタオルが気持ちいい。
ふと新一が近くにいるのに、目を合わせないようにしている事に気づいた。
「えっと…どのくらい…」
「8時間くらいだな。お前、疲れも溜まってただろ? 俺の主治医が寝てれば治るって言ってたからな」
「そう…ですか」
主治医。それはきっと幼い体のままでいることを選んだあの少女のことだろう。
高い借りを作ってしまったようだ。彼女にも、新一にも…。
「顔…見てないからな」
「え?」
「灰原…俺の主治医な。アイツは見なきゃ治療出来なかったから見ただろうけど、俺は見てないから…」
安心しろ。
目を伏せる新一の顔が見えなくて少しだけ悲しかった。
「名探偵…」
「じゃ、俺下にいるから…何かあったら呼べよ」
踵を返して背を向ける新一に思わず手を伸ばしてしまった。
気付いた時には新一の服の袖を掴んだ後で、振り返った新一の目に自分が映っていることに気づいた。
「…ぃと……」
綺麗な蒼い瞳が見開かれた。その中に映るのはモノクルも何もつけていない自分の顔。
あぁ、バレてしまったのか…。
意外と冷静なものだ。これでもう二度と新一と会うことも、話すこともできないだろう。
何しろ俺は怪盗キッドなのだから。
『黒羽快斗』と出会って4日。
そう、たったの4日なのだ。友人として過ごした日々はもう終わり。
「ごめん…」
「っ…!!」
「もう…二度と名探偵…新一の前に現れないから…」
「このっ…!」
殴られる。
そう思ったけど避けることなんてできるはずがない。そうされて当たり前だし、何しろ動くこともできないのだから。
ギュッと目を瞑って衝撃に備えてみたが、思っていた衝撃は来ず、恐る恐る目を開けてみると俯いて顔を隠した新一が肩を震わせて立っていた。
「しんい…」
「…なんで…んなこと…」
「え…」
「怪我人はとっととその怪我を治せ!」
そう言い残すとバタンッと音を立てて扉を閉めた。
「新一…?」
怒っているというよりは悲しそうな目で俺を睨みつけた新一。
――…俺は何かを見失っているのだろうか……?
****
「全く、困ったものね」
呆れたように脈を測りながら大きく溜め息を吐いた。その姿を見ると苦笑いを浮かべるしかない。
「えっと…ごめんなさい」
「貴方だけじゃないわ。彼もよ」
閉じられた扉を見る。悲しそうな目をして出て行った彼は今どこにいるのだろうか?
「工藤君なら下にいるわよ。なんだかんだで貴方のことが心配で仕方がないみたいよ?」
「でも、怒って…」
「いるでしょうね」
「本当は、新一にちゃんと言おうと思ってたんだ。でも…」
「拒絶されると思った?」
「うん」
光の彼に俺は相応しくないから。犯罪者の俺では…。
「工藤君が怒った理由、貴方はわかっているのかしら?」
「怒った理由? それは…俺が新一を騙したからじゃ…」
新一は俺がキッドということは知らなかったのだ。それを利用して俺は新一を騙した。そう言われてもおかしくないことをしたのだ。
自分の正体を明かすことなく名探偵の彼に近付いた。
「全く…」
哀は再び大きくため息を吐いて包帯を巻きなおした。
「工藤君はただ拗ねてるだけよ。多分ね」
「へ?」
「あとは自分で考えなさい。私は工藤君が連れてきた怪我人を治療しただけ。それでも治療費はしっかり貰うわよ?」
だから、覚悟しておきなさいね。と怪しい笑顔で告げる哀の目にはほんの少しだけ優しい色が見えた。
「じゃ、私はもう帰るけど、何かあったら呼びなさいね」
「うん。本当ありがとう」
「お礼なら工藤君に言うべきね。そういえば、あんなに焦った工藤君を見るのも久しぶりだったわね」
クスッと笑ってから出てる哀を見送った。気配を探ると下の方で哀と新一が話している気配がした。
「新一…」
暫くして哀は帰ったようだった。
天井しか見えないこんな様では新一にちゃんと向き合えない。本当は初めから言ってしまえばよかったのだろうか。
ひょっとしたら新一は全て知っていたのかもしれない。それでも正体を明かさない自分に気を使ってくれていたのかもしれない。
でも全ては新一自身から聞かないと何も分からないのだ。
だから…
「もう少しだけ待っててくれる?新一」
全てを話すから。
それでもまだ傍にいることを許してくれなくてもいい。
でも、せめてあと少し。
あと少しでいいから新一の傍にいたいんだ。
白い天井を見上げながらゆっくりと目を閉じた。
****
音を立てずに扉がゆっくりと開かれた。
ベットに横たわる怪盗が寝ているのを確認してスルリと体を滑り込ませる。
「かい…と」
苦しそうに顔を歪める怪盗を見て眉を顰めた。額に乗るタオルはすでに温くなっている。
「ごめん…な」
目を覚まさないようにタオルを替える。
「おやすみ。快斗」
額に掛る髪を梳いた。苦しそうだった顔が穏やかになったような気がする。
そっと冷たい手を握ってぼんやりと快斗の寝顔を見てそのまま新一も眠りについていた。
next
―――――
**あとがき**
苦し紛れにupしてみたり…。
これを書いたのは木曜日より前だったりするんですよね(苦笑
さあ、あと少しだ。頑張れ自分!
それにしてもこれはお題に合った小説?なのだろうか…。
2008 7/26 一部修正