手にした石を高く掲げて月に翳してそっとため息を吐いた。

「今日もハズレなのか?」

不意に聞こえてきた声に振り向くとドアに凭れかかった名探偵が立っていた。

「そのようですね」

笑みを浮かべると何故か名探偵は怒ったような顔をした。

「どうかされましたか?」
「お前こそ、なんかあったんじゃないのか?」

まっすぐな目で見つめられると、少しだけ怯んでしまう。なんでもないフリをして笑ってみせるが、いつこのポーカーフェイスを見破られるか冷や冷やしているのだ。

「……なんでもないですよ」

すっと目をそらして月を見上げた。
雲がかかっているのか、ぼんやりと光る月はいつもより温かなものに見える。

「…一人で飛ぶのって…寂しくないのか?」
「……見守ってくれる月があるから大丈夫ですよ。光が…いつも私を包んでくれますから」
「…………そっか」

そういって笑った名探偵の隣に立って一緒に月見をした。





……名探偵は…優しすぎるんだよ…………


そっと、心の中で小さく呟いた。



俺は犯罪者なのに、泥棒なのに…。

わかっていても、わかっているつもりでも、つい甘えてしまうのだ。






















「空の下で」



















「え…?捕まってないんですか?」

不意に聞こえた声に思わず足を止めてしまった。

「そうですか………えぇ、わかりました。しかし僕は…はい、ありがとうございます。では…」

パチンという軽い音と共に小さなため息が聞こえた。

「………」
「…………隠れてないで出て来いよ」
「バレちゃってたのね」

にっこり笑って柱の陰から出てくると少し驚いたような顔をされた。

「黒羽…だったのか」
「誰だと思ったの?」
「いや…そういえば、昨日お前いつ帰ったんだ?」

新一の瞳が揺れたのを見逃さなかった。キシッと心が痛んだが見て見ぬふりをした。

「事情聴取が終わってすぐに。工藤は?」
「俺は少し警部と話があったから…おかげで寝坊したけどな」
「あぁ、だから講義に来てなかったのか…」
「え?」
「いや、なんでもないよ」

昨日の事件で無事に連続通り魔は捕まり、俺は偶然にも彼…工藤新一と知り合うことになった。不本意といえば不本意かもしれない。あんな形で出会いたくはなかったから…。
それでも、今さら時間が元に戻るわけでもないし…気づかれなければ…俺が怪盗キッドだったということがバレなければいいのだ。

「そういえば、工藤はこれから暇?あ、警察に呼ばれてるんだっけ?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど…暇って言えば暇だけど…?もう帰るだけ」
「そっか。じゃあいっしょに昼食わない?俺これから学食行くとこだったんだ」
「いいぜ。混み始める前にさっさと行こう」
「おう」

まるで前からの知り合いかのような遣り取りに思わず笑みが零れる。まぁ、前からの知り合いといえば知り合いだが…それを新一は知らないのだから…。

「………ごめんな…」

騙していて。

前を歩く新一に気づかれないようにそっと呟いた言葉はふわりと風に消えていった。










*****










「工藤と知り合えるなんてラッキーだよな。俺も」

そんなことを言いながら楽しげに笑う男の前に座りながら首を軽く傾げた。

「は?俺と知り合っても別にいいことなんてねぇぞ?」

むしろ事件に巻き込まれて厄介ごとが増えたと文句を言われるぐらいだ。いいことなんてないだろう。

「はぁ…わかってねぇな。自分がどんだけ有名人かって自覚してる?」
「親父やお袋はともかく、俺は今はメディアに出てねぇし…芸能人じゃねぇぞ?」
「………いいけどね。別に」

はぁー…と大きくため息を吐き出す黒羽を不思議なものを見る目でみると苦笑が返ってきた。

「ま、俺にとっては工藤と知り合えて嬉しかったの」

にこにこと笑う黒羽を見てこっちも自然と笑みがこぼれる。
本当によく笑うやつだ。
確か…マジックの腕はプロ並みらしいから、それ関係で自然と人を楽しい気分にさせるのかもしれない。こいつといると退屈しないかも…な。

でも…俺はまだ覚えている。あの偽キッドが姿を現したあの夜にみた黒羽の様子を。『普通の大学生』ではありえないほどの殺気。それは昨日の夜、通り魔の男を捕まえたときにも感じられた。
確か…あの男が、思いだしたくもない犯行動機を話し始めたときからだったような気がする。黒羽が今にも目の前の男に射殺しそうなほどの視線を向けていたのだ。組織と対峙してきた俺ですら恐怖を感じるほどの殺気。それは普通の大学生がもっているものなのだろうか?

「でさ、今度知り合いのとこで簡単なマジックショーをやるんだけどさ、工藤来ない?」
「あ、あぁ。そうだな…事件がなかったら…な」
「まぁそうだよな。工藤忙しいし…でも、もしこれたら来てくれよ?」
「おう」

頭の回転の速い黒羽と話すのは正直、すごく楽しい。わざわざ説明しなくても理解してくれて、話術を心得ているのかあっという間に黒羽の話に聞き入ってしまう。
周囲の視線を感じつつもそれすら気にならないほど楽しかった。

「お。もうこんな時間か…」

そう黒羽に言われて初めてもう1時間以上も話していたことに気づいた。
ん?あれ…今日はたしか…。

「あ、やべ…今日検診だった…」
「何?工藤体どっか悪ぃの?」
「いや、そういうわけじゃねぇんだけどさ…主治医が心配症なんだよ」

本当はAPTXの副作用で少し弱くなった体に異常がないか調べてもらっているのだが、そんなことを言うわけにはいかない。

「そっか…」

一瞬だけ黒羽の目が細くなって妖しげに光ったように見えた。しかし、それも本当に一瞬のことで気のせいだったかもしれない。

「じゃあな、工藤。楽しかったぜ?」
「俺も…楽しかった」

そういうと何故か黒羽は目を瞠ったが、すぐに嬉しそうに笑った。

「なんだよ?」
「いや…ちょっとね…」

珍しく歯切れの悪い答えに首を傾げるが黒羽は言うつもりはないらしい。

ひらひらと手を振って立ち去る黒羽の後ろ姿をぼんやりと見送っていた。



……心のどこかに何か引っかかるものがあった。






――…真実を知るためのピースはもう集まり始めているのかもしれない…







それでも、俺はそのピースを組み立てることに抵抗を感じていたのだ。
















真実を知るのが怖いから……。