「なぁ、キッド」
一人で屋上から下を見下ろす名探偵の背後に降り立つと振り向くことなく話始めた。
「なんでしょう?」
「嘘吐くのって、疲れねぇ?」
そう言った名探偵の顔には少し疲労の色が見えた。
「…そうですね…でも、一度吐いた嘘は通し続けなければならない」
「嘘もつき通せば本当になる…かもしれねぇしな」
「…疲れましたか?」
自嘲的に笑う彼に思わず尋ねた。
「少し…な。でも、やめるわけにはいかないから」
キラキラと強い光をもつ瞳はいつ見ても綺麗だと思う。そんな彼の姿に少し目を細めて、キッドは笑った。
「あまり、無理はしないでくださいね」
「お前はいつも心配ばっかだな?」
「貴方が無茶ばかりするからでしょう?」
「お前に言われたくねぇ」
「…お互い様、ということでしょうか」
「そうだな」
そう言って2人で笑った。
まだ、大丈夫。
笑っていられるから。
でも、全てが終わったその時は…
……俺は笑っていられるだろうか?
「空の下で」
夕飯も食べ終わり、どうしようか、と快斗がぼんやりとしていると新一が何かを思い立ったように部屋から出て行った。
「工藤?」
「黒羽、酒飲もうぜ」
そう言って戻ってきた新一が手にしていたのは、おそらく優作氏のものであろう、ワイン。
「…いいの?なんか高そうだけど?」
「いいって。黒羽には迷惑かけてばっかりだし…それに一本ぐらいなくなってても親父は気づかねぇよ」
「………」
いいのだろうか。
「飲まねぇの?」
僅かに顔を傾けて尋ねる新一に思わず目を彷徨わせた。
「の、みます」
「んじゃグラス取ってくるな」
にっこりと笑顔を浮かべてキッチンへ行く新一を見送りながら快斗は小さくため息を吐いた。
「…無自覚…だよなぁ?」
あの笑顔で一体何人の人間が落とされたのだろう。
…まぁ、自分もその一人なのだが。
そんなことを考えているうちに新一が戻ってきた。
「白だけど、大丈夫か?」
「うん。俺白の方が好きだし」
優雅にグラスにワインを注ぐ新一は綺麗だと思う。仕草一つ一つが繊細なのだ。
「んじゃ、乾杯」
「乾杯」
音を立ててグラスを触れ合わせた。
「ん…美味しい」
「よかった」
「でも、本当にいいのか?こんないいもの…」
「いいって、どうせ親父達もいねぇし…ワインも飲まれきゃ意味ねぇだろ?」
「そういうもんか…」
「そういうもんだって」
口当たりのいいワインを二人で味わいながら他愛のない話をした。
知り合って何日か経って、沢山色々なことを話たけど、それでもまだ足りない。話す度に知らなかった新一が見えて、見たことのなかった新一の顔が増えていく。
キッドとしてしか会うことのできなかったあの時とは違う。
それでも、あの時にしかできなかった話もしたいと思う。
「んー…なんか飲みたりねぇな…」
いつの間にか一本空けてしまったらしい。
「俺も…どっかで買ってこようか?」
「ん、そうだな。ビール飲みたい」
「おけ。んじゃ買ってくるよ」
「俺も行く」
そうって新一は立ちあがった。飲んだ割にはしっかりと立っている。
「工藤って酒に強い方?」
「ん?あぁ、別に弱くはない…程度かな」
「ふぅん…」
「黒羽はなんとなく強そうだな」
「そう?人並みだと思うけど」
いや、人よりもちょっと強いかも…と頭に浮かぶのは友人たちの潰れていく様。なぜあれぐらいの酒で簡単に潰れるのか。
「工藤も酒強いんじゃない?」
「んー…どうだろ」
あまり人と飲んだことがないらしい。
…まぁ、新一が酒で酔った姿はあんまり人に見てもらいたくないかも。俺も見たことないけどさ。
*****
「んじゃ、もう一回、乾杯」
「乾杯」
無事にコンビニでビールやらチューハイやらを買ってきて、つまみも用意して再び飲み会が再開された。
酒の力もあって、俺達は饒舌になっていく。
いくつもの酒を空け、流石に酔ってきたのか心地よく頭がふらふらする。
新一も酔ってきたのか、少し頬が赤い。
…やっぱり、他の奴には見せたくない。
「なんか、黒羽と話すと楽だよな」
「そう?なんか嬉しいな」
「服部とは事件の話しかしねぇし…あ、黒羽は楽しくない?俺なんかと話してて」
心配そうな新一に思わず笑ってしまう。
「そんなことないって。俺も工藤といると楽しい」
そういうと新一はふわっと微笑んだ。
思わず見惚れてしまう。
「よかった。俺と話すのは疲れるって前言われたことがあったから」
無意識に普通の人では使い慣れない言葉を使ってしまうという。理解できていないようなら言い方を変えてもう一度話さなければならなくなる。快斗とはそういうことがないのだという。
「こんな風に話すのは久しぶりだな」
そう言って少し遠くを見るようにして笑った。その笑顔がとても儚げで、泣いているように見えた。
「工藤?」
「……黒羽と同じくらい、話すのが上手い奴がいたんだ」
「……」
「今はもう、会ってねぇけど…」
「…会いたい?」
「そう、だな。会いたい…かも」
もう、二度と会えないと思うけど。
そう言って新一は笑った。でも、泣いていた。
「工藤…」
嫉妬してるんだろうな。と思う。
新一がここまで想っている相手に。俺ではない誰かに。
今、目の前にいるのはそいつじゃなくて俺だと言って、新一の目に俺を映し出したい。
「好きだったの?」
「……さぁ…好きだった…のかな」
…どれだけ嫉妬しても、俺では敵わない相手かもしれない。
相手がいないのなら、奪うことは簡単かもしれない、でも、それでは新一の心は奪うことはできない。
……失恋、したのかな。
そう考えて自嘲した。
端から叶うはずのなかった想いだ。今さらそれがどうというのだ。
ただ、新一に少し近づいただけ、それだけなのに手の届く相手だと勘違いしただけだ。
「…工藤は、会いに行かないの?」
「行けない。もう、二度と俺があいつに会うことはない…」
酔いが回っているのか、新一の声は次第に小さくなっていき、最後は快斗に凭れて眠ってしまった。
「…おやすみ、新一」
そっと額にかかる髪を掻き上げて唇をおとした。
「いい夢を」
どこかあどけない顔の新一の顔を見て快斗は優しく微笑んだ。
次