………………たったひとつを消せば、世界はまた続いていくのだ…………












白い…
白い…雪…?

「…いち…」
「………………?」
「やっと目が覚めたんだね…大丈夫?」
「…………」

だれだ?何故…俺は…

「どうしたの?新一?」
「……」
「…ひょっとして、俺のこと…忘れた?」
「…………」
「そっか…」
「……」
「でも、いいよ」
「え…?」

そっと俺の頬に触れてにっこりと笑った。

「新一が俺を忘れても、俺のことを憶えてなくても……何があっても、俺は新一と一緒にいたいから…」
「俺は…」
「新一?」
「それが…俺の名前…?」
「そうだよ。新一。これが君の名前」
「じゃあ…お前は…?」
「……快斗」
「かい…と?」

憶えてないのに…何故か懐かしい響き。

「うん。それが俺の名前」
「快斗…」
「やっぱり思い出せない?」
「……悪ぃ」
「無理に思いださなくていいよ。俺と一緒にいれば、何か思い出すかもしれないから……気にしなくていいよ」
「でも、なんで…」
「うん?」
「なんで…俺にそこまでする?」
「……」
「俺とお前は一体…」
「とりあえず、どこか休めるところ探そうか。もうすっかり冷え切ってる」
「……」
「ちゃんと話すから、今は休もう?近くに街があったはずだから…そこで美味しいもの食べてから、話そう?」

そっと手を引いて歩きだす。その手は氷のように冷たくて、好き放題に跳ねている髪にもたくさんの白い雪が積もっていた。

こいつに付いていっていいのだろうか?信用できるのか?こいつを…。
でも、俺は自分の名前すら憶えていなかったのに…今こいつと離れたら自分のことを知る手がかりは何もなくなってしまう。

「どうした?」
「……」
「新一?」
「……なんでもない」

今はこいつに付いていくしかないのだ。全く手がかりもなにもない。自分自身のことも、こいつのことも全く分からないのだから。






遠くで白い鳥が雪に紛れて音も立てずに飛び去った。








『また、輪が廻ろうとしている…』
『何度廻れば、貴方様はお帰りになられるのですか…?』







「紅子殿!」
「あら、白馬殿」
「彼らの居場所がわかったそうですね?」
「えぇ。この水晶玉に…」

スッと綺麗な指がさしたのは目の前にある透明な球。そこにうっすらと浮かびあがっているのどかな街並み。

「ここは…?」
「東都の東にある小さな街ですわ。あなたなら行けばわかるでしょう」
「わかりました。今度こそ彼を連れ戻してみせます!」
「油断なされないように」
「油断?僕は油断などしたことありません」
「えぇ。でも、彼は光ですわ。この世界で唯一の」
「分かっています」
「きっと、惑わされているのでしょう。それでも、彼の光は陰ることはない…」
「紅子殿…」
「心配する必要はありませんわ。すぐに思い出すでしょう。自分の役割を…光の意味を…」
「…………」
「彼を連れ戻してください。貴方だからこそできるでしょう」















「遅い」

止まることなく降り続く雪を眺めながら小さく毒吐いた。

「すぐに戻るって、もう1時間は経っていんじゃないか?」

……まさか、置いてかれた…?
いや、まさか…。

「でも、もし…俺は記憶がないから…それをあいつが迷惑に思っても…仕方ないよな」

何者かもわからない。自分も、あいつも…。

「あいつに置いて行かれたら俺が何者なのかわかんねぇじゃねぇかよ」

あいつを探しに行くべきなのか…?

「行き違いになったら…あいつの所為にしてやろう」

俺はちゃんと待っていたんだからな。












「………っ…」

意外と広い街をフラフラと歩きまわっていると人の声が聞こえた。

「あいつの声…?」

こっそりと声のする方に近寄って、塀の影に隠れて様子を見た。

「いい加減にしろよ。あいつは渡さねぇって言っただろ?」
「何を!あの方を…」
「だからさ、言っただろ?本当、どんな教育してんだか…あいつは渡さない。それは奴らも分かってるはずだけど?」
「貴様のようなものがあの方を…!」
「うるさいよ?」

背を向けているから表情はわからない。それでも快斗の声はとても冷たくて、目の前の男の表情が変わったのが分かった。

「ひっ…」
「アンタにどうこう言われる筋合いはないな。さて、その五月蠅い口をさっさと閉じさせてもらおうか?」
「たすけ…」
「本当はさっさと帰れって言いたいんだけどさ、俺たちがここにいるって情報を持っていかれたら困るんだよなぁ。ねぇ、どうしようか?」
「!?」

素早く男の背後に回って後ろから男を蹴り飛ばした。

……止めるべきなのか?


「ぐっ…あ…」
「ふぅん?案外しぶといんだね」
「うっ…」
「なら、これで終わりだ」

雪の上に転がった男の腹を強く蹴り、男は意識を失った。

「ふぅ。もう出てきていいよ?新一」
「……気付いていたのか」
「まぁね」
「……。どうしてこいつを気絶させた?」
「……さぁ。それより、こいつを縛るの手伝ってくれる?」
「はぁ?」
「そう簡単に動けないだろうけどさ、念のために」

ね?といつの間にか手にしたロープを男の口に巻きつけ、腕を後ろで縛っていた。

「俺が手伝う必要はないんじゃないか…?」
「その影に転がしておこうか」
「……ちゃんと説明しろよ」
「うん。わかってるって、こいつは…うーん…敵…みたいなものかな?俺の」
「お前の?」
「うん。こうしないと、俺がこいつらの仲間にこんな風にされちゃうからね。仕方ないんだ」
「………………………」

にっこりと笑った笑顔が偽物のように見えた。その笑顔が…

「俺が怖い?」

まるで俺の心を読んだかのような言葉。一瞬思考が停止した。

「………」
「新一は俺が怖い?」
「怖くない…って言ったら嘘になると思う。でも…」
「でも…?」
「俺を知っているのはお前だけだ。俺がどうやって生きてきたのか、どこで暮らしていたのか、知ってるのはお前だけだ。それに、俺は自分のこともしらねぇが、お前のこともしらねぇ。だからお前が怖いのかもしれねぇな」
「新一…」
「わかんねぇんだよ。何も」
「ごめん…新一」
「何が?」
「いや…なんでもない」
「そっか」
「そういえば、なんでこんなところにいるの?待っててって言ったのに…」
「それは…」
「心配…した?」
「…………」
「俺は何があっても新一の所に戻るから大丈夫だよ?」
「…………」
「新一?」
「いや…なんでもない…」
「……。ひょっとして、俺がいなくなるかと思った?」
「……」
「そっか…なんか…なんか嬉しいかも……」
「快斗?」
「いつも、新一がいなくなるって心配してたのは俺なのに…新一が心配してくれて…嬉しい」
「別にそんなんじゃ…」

思わず顔が熱くなる。慌てて顔を背けた。

「新一の傍にいていい?離れないから、ずっと…一緒にいていい?」
「そんなこと…今の俺に言われても…」
「新一は、俺に付いてきてよかったと思う?」
「……記憶を取り戻すのにお前がいなきゃどうしようもないだろ」
「それがなかったら新一は付いてこなかったって事?」
「それ…は……」
「別にいいけどね。今一緒にいられることには変わらないし」
「お前…俺がどう思っていても関係ないだろ?」
「そんなこともないよ?でも、俺は独占欲が強いからね。一度手にしたものは簡単には手放さないよ?」
「本当に…一体俺たちはどういう関係だったんだ…」

にやりと妙に挑戦的な視線を投げかける快斗から逃れるように空に目を向けた。

「あ…」
「降ってきたな」

白い花のような雪がちらちらと降り出してきた。白い、白い、雪。
何故か胸が苦しくなった。

何…?

罪悪感のような、何かを忘れているような…

「本当に…なんで…」

隣から小さな声がした。

「快斗…?」
「ん?」
「なんでもない…」
「…………」

何故か快斗の目を見ると、苦しかった胸が更に締め付けられるような鈍い痛みが広がる。
視線をそらしてまた空を見上げる。

だから気付かなかったのだ。


「新一は優しすぎるんだよ……さっさと殺してしまえば、よかったのに…」

――…なんで、神様は俺達をこんな運命に巻き込んだんだろうね…?



そうあいつが呟いたことに。











『あれからどれほどの時が流れたのでしょう。貴方様がここを去られてからどれほどの時が…』
『私が証明してみせます。貴方様がこの箱庭を作ったのは無駄ではなかったと…そうすれば、貴方様はお帰りになられますか?』
『そのために私は彼を……』









………………雪は終焉を呼ぶもの……



……忌むべきものなのだ……



…………だから、雪を止めなければならない……



…………………そう俺に言ったのは、一体誰だっただろう…?











雪は止めどなく降り続く












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